★のばらの丘★

宛てもなく歩いていると、突然開けた場所に出て、セシルとフリオニールは顔を見合わせた。
荒涼とした白い砂が敷き詰められた土地を抜けたところに、淡い桃色の花が咲く丘があった。
可憐な花がそよ風に揺れている。
薄暗く、分厚い雲に覆われていた空は、突然、その雲を貫いた光によって、明るい青に塗り替えられた。
何日も見ていなかった、太陽が顔を見せ、丘を明るく照らした。

「わあ、フリオニール、見て」
「セシル!」
丘を見たセシルは嬉しそうに走り出した。
「待て、セシル、何があるかわからないぞ」
花を踏まないよう、飛ぶようにして走っていくセシルをフリオニールは捕まえようとする。
セシルの跳躍によって、銀色の髪が揺れる。
その銀糸に陽光がまばゆく反射する。
―罠かもしれないのに―
念には念を入れて行動していた二人だが、セシルはたまに爛漫な行動に出ることがある。
フリオニールのほうが足が速い。精一杯手を伸ばすと、セシルの髪を指がかすめる。
その時、フリオニールは既視感に襲われた。
―銀・・・いや、白だった―
己の一歩前を歩いていく存在。その後ろ姿を思い出した。
セシルの背中を覆う銀色の髪。
いや、その人は、白いマントをなびかせていたはず・・・
その時、セシルが振り返った。
必死にその人のことを思い出そうとしていたフリオニールは、セシルの白い肌と菫色の瞳に目を奪われる。
記憶に浮かんだ面影は、まだ遠くへと消えてしまった。

ふわっと微笑みながらフリオニールを見つめるセシル。
「?・・・どうしたの?」
しかし、フリオニールが縋り付くような瞳をしていることに気づき、立ち止まった。
「・・・いや、なんでもない」
「本当に?・・・もしかして、何か思い出した?」
「・・・思い出せそうな気がしたんだが・・・消えてしまった」
フリオニールの瞳は少し揺れていたが、徐々に光を取り戻していった。
セシルは安心してまた歩き出した。
「焦らなくても、きっと少しずつ思い出せるよ。君も、僕も・・・」
少しうつむきながらセシルが笑う。
「この花、君が言っていた、のばらじゃない?」
「そうだ」
「きれいだね」
「あぁ」
いつもよりも口数の少ないフリオニールをセシルは心配そうにのぞき込む。
「きっと、この丘は君がいた世界の一部なんじゃないかな」
あたり一面を覆っているのばら。地平線まで桃色に染まっている。
可憐な花弁を重ねて、日の光を浴びているその花は平和そのもののように思えた。
「・・・いや、俺の世界にこんな場所はなかった」
「・・・」
「こんな場所を作りたいと思って、俺は旅を続けていたはずだ。
だから、この丘は何かのまやかしの様に思える。俺の世界はもっと・・・」
砲弾で破壊され、穴が開いた屋根や壁。思い出されるのはそんなものばっかりだ。

立ち止まって考え事を始めたフリオニールをそっとしておこうと、セシルは歩き出した。
「僕、向こうを探検してくるよ。のばらがどこまで続いているのか見てくる」
そう言って、走り出した。
今度はセシルを追いかけて行かなかった。
フリオニールはその場に腰を下ろした。
のばらを手に取ってみる。薄い花弁。みずみずしい感触が手に広がる。
本物の花だ、とフリオニールは思い、少し安心した。
そして、セシルのほうが再び見た。
―不思議な人だ。今まで俺が出会ってきた人間の中で、セシルのような人は初めてだ―
内面もさることながら、初めてあった時はその容貌に驚かされた。
―白い肌に銀色の髪、俺が知っている人は・・・セシルとは正反対だ。
褐色の肌・・・鳶色の髪・・・俺より小柄で・・・―
なんとはなしに、のばらを弄りながら思い出す。
すると、花を支えている茎と葉の間に、見覚えのあるものが浮かび上がってきた。
―白いマントに・・・白いローブを着ていた―
葉の絡まりあう緑色の中に、白い布が絡まってくる。
のばらを掻き分け、その白を追う。
布を掴み、指でたどるように掻き分けていくと、布越しに肉の感触に出会う。
鍛えられてはいるが、フリオニールの様に強靭な筋肉はついていない。
腹から胸にかけて、さらに奥までたどる。
指が頬に触れる。口を覆う布に隠された顔。
布を引っ張ろうとすると、いばらに邪魔をされる。
フリオニールのほうに倒れ込むようにしていばらが迫ってくる。
それを手で押しのけ、前に前に進んでいく。
すると、眠るように閉じている瞳が見えた。
髪と同じ、鳶色のまつげに彩られている。
それは呼吸に合わせて少し揺れていた。
―眠っているんだ・・・死んでいるわけじゃない・・・―
フリオニールに頬を撫でられ、少し身じろぎする。
手が燃えるように熱い。
瞼がぴくりと動く。
―この人が眠っている姿を見ることは珍しい。いつも俺より遅く寝て、俺より早く起きていた―
懐かしい記憶にフリオニールの口元が緩む。
『おはよう、フリオニール』
そういって、朝の世界で俺を待っていた。
彼の瞳は何色だっただろう。
早く目覚めてくれ。
「ミン・・・」
瞼が開かれようとしたとき、突然手を抑え込まれた。
「・・・ッ!」
ぬるりとする感触。
「フリオニール!」
セシルが、フリオニールの両手を抑えながら叫ぶ。
はっとしたフリオニールは、セシルの瞳がこちらを向いていることに気が付く。
菫色。
―違う。この色じゃない―
「どうしたんだ、フリオニール。手が・・・」
血でぬるつく手をセシルが握っている。
「セシル・・・俺は・・・」
きょとんとした顔をして、自分を見つめ返してくるフリオニールにセシルは驚く。
「何をしていたか、覚えていないのかい?」
「あぁ・・・」
「こんなに傷だらけになるまで、いばらを掻き分けていたんだよ」
「いばら・・・?違う・・・俺は・・・」
彼の目を覚まそうとしていたんだ。彼の・・・彼・・・?
セシルの白い手が血で汚れている。
再び黙り込むフリオニール。
セシルはかまわず持っていたポーションを振りかける。
ひどく混乱した状態のフリオニールの手を撫でる。
―きっと、フリオニールも多くのものを失ってきたんだ。もしかしたら、僕よりも多く―
フリオニールはセシルが手に包帯を巻いている様子を、茫然と眺めていた。

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