★木漏れ日★

「兄さん、紅茶が入ったよ」
銀のトレイにティーポットを乗せて、セシルが兄の方へ近づいていく。
母が存命の頃、とても気に入っていたヴィクトリアン調の天使の絵が描かれているカップに紅茶を注ぐ。
机に向かって書きものをしていたセオドールはセシルからカップを受け取ると、微笑を洩らし、ありがとうと呟いた。
セシルはそっと屈みこみ、兄の頬に敬愛の口付けを落とした。
いつもの変わらない風景。

幼くして両親を亡くしてしまった兄弟は身を寄せ合って、お互いを支え合うようにして今まで生きてきた。
自分のことは自分でできるように、なるべく、お互いに負担をかけないように。
強く生きて行かなければならない、弟を守れる一人前の男にならなければならない。
両親の突然の死に動揺し、自分の胸に縋りついて泣いているセシルを見て、セオドールは覚悟を決めた。
泣き虫のセシル、それがセオドールの唯一の気がかりであり、唯一の生きる意味だった。

セシルの方でも、兄に迷惑をかけてはいけない、自分だって兄を支えられる弟でありたい、そう心に誓った。
教会で、両親の葬儀が執り行われている。
親戚一同が涙を流し、残されてしまった兄弟を憐みの目で見つめている間、二人は涙を見せなかった。
参列した者に、感謝の笑みを湛えて挨拶をするセオドール、そして兄を真似して虚ろな顔でお辞儀をするセシル。
訪れた者は兄弟の絆の強さ、その気丈な姿勢を、少し気味悪げに見つめていた。

親戚一同はセオドールとセシルの住む館に集まり、だれが二人を引き取るか、話し合おうとして落ちあった。
しかし、玄関に集まる一族を、セオドールは館の主として迎え入れた。
遺産を計算すると、二人は誰の手をわずらわすことなく、この館で暮らしていけるはずだった。
セオドールのこの提案は、めんどうなことを誰が引き受けるかなすり付けの会議に赴いた一同を安心させた。
こうして、セオドールは齢14にして、家長を名乗るための申請書を役場に提出したのだった。
いつも兄の後を追いすがっていたセシルは、兄のその姿を見た時から、背筋をしゃんと伸ばし、気品のある立ち振る舞いをする、貴族の紳士となった。
一歩、館の外に出れば、二人は気を張り詰め、一人前の男として振る舞おうと躍起になっていた。

家長として館の経済を支えるための勉強をするセオドールの部屋へ静かに入り、ソファに座って兄の頼もしい姿を眺めることがセシルは好きだった。
兄の顔を盗み見ながら、セシルはソファの上で膝を抱えて静かに涙を流した。
セオドールの方でも、セシルが涙を流している気配には気づいていたが、強いて何も言わなかった。
セシルはこの部屋でだけ、本当のセシルに戻ることができる。
そこには幼いころのままのセシルがいた。
嗚咽を上げることも無く、静かに流れ落ちる涙は美しかった。
セシルの気が済むまで泣くと、セオドールは静かに立ち上がり、セシルの涙を拭った。
泣き疲れたセシルは兄の首に手を回して、セオドールに頬を擦り寄せる。
セオドールはセシルを抱き上げると、ベッドに運んでやった。
そして、二人で、過去の幸福だった時間を反芻しながら、眠りに就くのだった。

幼い日は過ぎ去り、青年となった今でも、兄弟の絆は変わらない。
積み重なる日々が悲しみを薄め、二人は広い世界へ足を踏み出して行った。
セオドールは大学の経済学部へ。
セシルは王立兵学校へと進んだ。家の財政を考慮したセシルの進路、セオドールはセシルにもっと好きなことをしてほしいと願った。
しかし、セシルは今まで兄に守られて育ってきた自分だから、国を守る職業に就きたいと言って譲らなかった。
女の子と見紛うような色白な少年だったセシルは、立派な士官へと成長していった。
そして、いつしかセシルの隣には、自分ではない者が並ぶ様になっていた。
金色の長髪を一まとめにした青年。
セオドールは少し苦々しい思い出この青年を見ていたが、セシルもいつかこの家を出て、自分の家庭を築き上げて行くのだろうと思うと、近い将来訪れる別離を半ば諦めに似た覚悟を持って眺めた。

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