★罪の意識★

「クリスタルを渡せ」
飛空挺に立ち、カインが土のクリスタルを渡すように促している。
セシルはクリスタルを握りしめた。
渡してなるものか。
セシルは唇をかみしめ、俯いた。
カインの顔を見ることが恐ろしかった。
一体、どのような顔をしているのだろうか。
また、自分へ身も凍るような殺意を向けてくるのだろうか。
騎士として、常に憧れていたカインが、謀反人として自分に刃を向けてくる、張り詰めた緊張の中、セシルは動くことができないでいた。

「カイン、陛下が・・・。陛下が、お隠れに・・・」
息を詰まらせながら、セシルが言葉を紡ぐ。
その言葉をさも軽蔑するかのように、カインはフッと鼻から抜けるような笑い声を立てた。
セシルはあからさまに肩を震わせた。
カインが足をセシルの方へ踏み出す。セシルは更に顔を下へ向けた。
大股に歩み寄るカインは、セシルの前に立つと、荒々しくセシルの顎を掴み、その顔を自分の方へ向けた。
「そうさ、俺が殺したんだ」
カインの怜悧な、支配的な視線がセシルを捉える。
そのきつい眼差しに射られ、セシルの脚からは力が抜けてしまった。
今にも倒れそうなセシルの体を、カインは乱暴に引き寄せ、口づけた。


セシルが幼いころから、ずっとカインはセシルの一歩も二歩も先を歩いていた。
バロン大聖堂の祭壇の前で、膝を折り、祈りを捧げるカイン。
ステンドグラスから射し込む光がカインに降り注ぐ。
その光はカインの金髪を輝かせた。
まるで、カインの忠誠心とその胸に燃えている誇りを輝かせるように。
カインの真っ直ぐな瞳が、セシルには眩しかった。

どんなにつらい修業の中にあっても、決して揺らぐことのない瞳。
いつか、カインのような騎士になりたい。
カインの姿を見る度にそう思っていた。
しかし、忠誠とは一体なんなのだろう。
セシルには、バロンの人々が当然のように持っているその美しい思想の根底が理解できなかった。
自分にはバロンの血は流れていない。それがセシルの引け目だった。

身寄りのない自分。その身に何があろうとも、困るような人はいない。
そう思うと、戦いの中で命を落とすことなど恐ろしくも何ともなかった。
恐怖心のない自分を、司令官は褒めた。良い戦いぶりだ、きっと良い騎士になれる、と。
しかし、王のため、国のために命を懸けて戦うカインに輝いている光、そういうものが自分にはない。
自分はただの戦う人形にすぎない。本当の意味で、騎士にはなれない。
セシルはその考えに苦しめられていた。
バロンの歴史、ハイウィンド家の功績を誇らしく語るカイン、その瞳に見つめられる度に、セシルはカインと自分との間にある絶望的な隔たりを痛感していた。
ステンドグラスから注ぐ神聖な光に霞むカインの輪郭。それを見ていると、自分の手の届かない天の彼方へ、カインが消えて行ってしまうのではないかという焦燥に駆られた。

槍を握る、躾と礼儀の行きとどいたカインの美しい指先と、雑兵に配布される錆びがそこかしこに見える短剣を握る自分の埃と泥にまみれた手を見比べる度に、未来の栄光を掴む手はカインのそれに違いないと思っていた。
自分はカインの隣に並べるような人間じゃない。日増しに強くなっていく劣等感。
しかし、カインはそんな劣等感を振り払うように、セシルの手を取り、剣術の稽古を付けた。
施しを受けているような気持ちにさせられたが、手を取り合うことで、その光が自分にも伝染してくれはしないかと、セシルは期待していた。

しかし、今となってはカインは謀反人。
自分に本気の殺意を向けて立ちはだかったカインを見て、セシルは裏切られたという気持ちよりも、ほの暗い満足感を覚えていた。
本当はカインも、忠誠心など持っていなかったのではないか。
セシルが欲しいと思っていたものを生まれながらに全て持っていたカイン。しかし、その恵まれた境遇の中にあっても、カインはバロンで最も尊いとされる騎士になることはできなかった。
もし、このクリスタルをカインに渡してしまえば、カインは本物の裏切り者になる。
それは、騎士になりえない自分のところまで、カインを引きずり下ろすことになりはしないだろうか。
しかも、こちらにはローザの身柄を確保するために、やむ追えずクリスタルを引き渡した、という建前まで存在していた。
なんて、汚い考え。セシルの手は震える。
この状況になっても、裏切り者なのは自分ではないか。
そう思うと、カインと顔を突き合わせることができなかった。

しかし、カインに顔を掴まれ、視線を向けさせられる。
そこにはいつもと変わらないカインの青い瞳があった。
裏切り者となってさえ、カインの瞳には強い光が輝いていた。
「俺が殺したんだ」
カインはそう言った。
生々しい殺しの罪を感じさせない、何か決意のようなもの、確信のようなものが漂っていた。
「・・・なぜ・・・」
セシルはその瞳に動揺し、口の中で呟いた。
それを塞ぐように、カインの唇がセシルに覆いかぶさってきた。
混乱するセシルを凌辱するような激しさで、カインは舌を差し込んでくる。
しかし、セシルの体を支える手はいたわるような優しさを見せていた。
背中にまわされる右手、髪に差し込まれる左手。その指先から伝わってくる暖かさに、セシルはすっかり絆されてしまった。
絡め取られた舌、全身の力を奪われるようなキス。
すっかり力が抜けたセシルの体を抱き、カインは飛空挺の中へ入って行く。
休憩用の簡易ベッドにセシルを降ろすと、セシルが握っていたクリスタルを奪い、床に投げ捨てた。
まるで、こんなものに本当は用など無いと言いたいように。
セシルは震える手で、覆いかぶさってくるカインの首にしがみつき、二度目のキスをせがんだ。

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