★Sing,sing a song★

早くに両親を亡くしてしまった俺は、孤児院で育てられた。
その孤児院で出会った不思議な子、セシルを、俺はいつまでも忘れることができなかった。
不思議な頬笑み、何を考えているのかわからない瞳、そして男なのに女の恰好をしている。
その恰好が奇妙に似合っていて、俺は性別のないその子に恋をしていた。
しかし、あの事件を境に、セシルは他の施設に移されてしまって、その後の消息を知ることはできなかった。

小学校に入学した時、俺を引き取ってくれる里親が見つかった。
中流階級の家庭で始まった生活は、今までの生活が嘘かのように快適なものだった。
そのまま何事もなく、中学校へ進学した。
このまま、俺の人生は他の、普通の子供と何ら変わらない、無味乾燥な幸福の中に沈んで行くのだとずっと思っていた。
ところが、進学した先の中学校で、彼に出会った。
セシルだ。

セシルは何も変わっていなかった。
まさかセーラー服を着ているなんてことはなかった。見た目は普通の子供と何ら変わらなかったが、纏っている雰囲気は孤児院にいた時のままだった。
誰も寄せ付けないその雰囲気。
彼は誰とも交わろうとしなかった。
誰とも合わない視線に、誰も聞いたことのない、彼の声。
最初、その態度から格好のいじめの的になったが、彼があまりにも何の反応も返さないのを見て、クラス全体から無視されるようになった。
俺は、彼が一人でいるところを見計らって(といってもいつも一人だったが)声を掛けてみた。
「セシル・・・」
彼はこちらを見た。
何も言葉を返さない。その瞳はまたあさっての方向へ向いてしまった。
それでも、俺には、彼が一瞬微笑んだように見えた。
彼は俺を忘れてしまったのだろうか。残念なような気持ちを引きずりながらその場を去ろうとした時、同年代の少年よりも、1トーン高い声が聞こえた。
「カイン・・・」
俺は驚いて振り返った。
そこには猫のように目を細めて笑っているセシルがいた。
何か言葉を返そうとしたが、セシルは頬笑みながら歩き去ってしまった。
俺はその場に取り残される。
彼は俺を覚えている。

あの時、また昔のように仲良くなれるんじゃないかという俺の期待は裏切られた。
セシルはまた何事も無かったかのように、一人の世界で生きていた。
誰も立ちいることのできない世界。
彼は空気の中に溶けて行くように、その体も消えてしまうのではないかと思うくらい、存在感が無かった。
しかし、突然、彼が学校中の注目を集めるに至った。

それは音楽祭の時のことだった。
音楽祭では、クラス対抗という形で、歌が採点され、順位が競われた。
歌にはソロパートがあり、男女それぞれ一人ずつが謳わなければならなかった。
このクラスでそのパートをやりたい男子生徒は一人もいなかった。
仕方が無いので、一人ずつ歌い、一番うまい奴がその役を演じることとなった。
俺はセシルが歌えと言われることを同情していた。彼がどうやってこの難儀な課題を交わすのか。もし、酷い目にあわされるようだったら、助け船を出してやろうと決めていた。
セシルの歌う番が来る。
俺はハラハラしながら見ていたが、こともあろうに、教諭に歌うように促されたセシルはこともなげに前に出て歌った。
そして、その歌声に誰もが息を飲んだ。
奇跡の様なボーイソプラノが響いてきたからだ。
その歌に感情は全く籠められていなかったが、耳の奥まで届く歌声にクラスの誰もが魅了された。
セシルが歌い終わるか終わらないかのうちに、ソロをやるのはセシルになった。
その歌声に最も感動していたのは、女性ソロシンガーのローザだった。
ローザはセシルが歌い終わるなり、駆け寄ってセシルの手を取り、すごいわすごいわ!とはしゃぎまわった。
ローザに淡い恋心を抱いていた俺を含む男子生徒は羨望の眼差しを送った。
しかし、ソロパートを彼と競いたくはなかったし、相手がセシルならきっと恋のライバルにはならないだろうと、誰もが捨て置いた。

その時から、ローザはたびたびセシルを誘うようになった。
何かCDを貸したり(ローザが勝手にセシルの胸にそれを押し付けているようにしか見えないが)、栄養失調気味のセシルにお手製弁当を食べさせてやったり。
介護施設の職員のような甲斐甲斐しさで、ローザはセシルに接していた。
俺はその様子を傍から眺めていた。

[ 27/148 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -