★天下一武闘会★

暗黒騎士の施術を受けたセシルは順調に回復していった。
回復の段階で、拒絶反応を起こしてしまう者もいたが、セシルは問題なかった。
平常の鍛錬をこなし、体力も回復し、正式に暗黒騎士団が結成の任命式が開かれた。
そして、この任命式のすぐ後、全騎士団での武闘会が開かれた。

表向きはバロンで最も強い兵士を決めるというものであったが、その実質は暗黒騎士団の強さを試すものだった。
カインは、居心地の悪さを感じていた。
竜騎士団と赤い翼の団員の戦闘力はどの程度、暗黒騎士団と開きがあるのか、全バロン市民に公開されているように思えたからだ。
暗黒の鎧をまとった騎士が、会場に入ると、観客からはどよめきの声が上がった。
悪鬼の様な存在。暗黒の鎧から漂う瘴気に、最前列で試合を見ていた老人が気絶し、運ばれていった。
暗黒騎士団の強さは目に余るものがあった。
トーナメントの試合で、次々に勝ち上がって行った。
カインも、竜騎士団の面子にかけて戦い、なんとか暗黒騎士との対戦にも勝ち上がれた。
決勝戦はカインとセシルが剣を交えることとなった。

兵学校時代の剣技大会でも、同じ組み合わせだった。
あの時はカインが勝った。
今回も、カインは思った。今回だって、負けるわけにはいかない。
セシルと戦って、負けるわけには!
自分はいつだって、セシルより一段高い所に存在し、セシルからの尊敬に眼差しを満身に浴びていなければならないのだと思っていた。
セシルの導き手、その役目は自分にこそあるべきだ、カインは目を閉じ、神経を集中させた。
何度もセシルとは試合をしていたので、セシルの手の内はわかっている。カインは覚悟を決め、剣技場に入る。

セシルと向き合う。
真っ黒な鎧を全身にまとい、肌を全く露出していない格好と対峙する。
この鎧の中身は本当にセシルなのだろうか、という疑問さえ抱いてしまった。
剣を構える。
審判が合図をし、試合が始まった。
カインはセシルがいつも踏み込んでくるやり方を先読みした。
果たして、セシルはカインの読み通りの行動に出た。
二人の剣が交わり、カインがセシルの剣を防いだ格好となる。
しかし、セシルの力はカインの想像以上に強く、カインの剣をはじき返し、すぐさま鋭い2撃目を浴びせかけた。
カインの剣は折れ、手から振り落とされてしまった。
セシルは冷静にカインの首筋に剣を押し当てる。
圧倒的な力の差で、セシルの勝利が決まった。
観客は息をつく暇もないくらいの猛攻に唖然としていた。
セシルの勝利を目の当たりにして、もはや暗黒騎士に叶うものはいないのだ、というため息が漏れた。

カインはあまりにも大きい敗北感に言葉を忘れていた。
セシルにへし折られた剣を見やる。
剣技の授業で習った通りの防御をしたつもりだった。
ただの剣妓の試合だったら、これで勝敗がつくはずもない。しかし、セシルの尋常ではない力で、ねじ伏せられてしまった。
セシルとの隔たり。それが顕著になった。
常にセシルの上を行っていた自分、それは最早過去のものとなった。
今のセシルは既に、カインの存在を必要としていなかった。
セシルが自分を置いて、どんどん先へ行ってしまう。
どこへ続くのかもわからない未来の方へ、セシルは行ってしまった。
ここでも、また、セシルは自分の指の隙間から逃れ、自分の手の届かない方向へ行ってしまったのだ。

セシルの方では、また違う動揺が走っていた。
魔道士から与えられた暗黒の力。
戦闘能力はもちろん自分の努力によって得たものもあったが、暗黒の施術により、格段に強化された能力は、自分の身を持て余すものでもあった。
肉体の鍛錬の度を超えて与えられた力は、恐怖でもあった。
いつも自分を指導するカインを簡単になぎ倒してしまえた。
最後はカインが勝ち、いつも自分の頸動脈にカインはぴたりと刃を充てた。
しかし、今回は、その勝利を得たのは自分だった。
自分の力はカインを軽々と越えてしまった。
それをカインも感じていることを理解していた。
試合が終わった時のカインの動揺するような瞳、そして、セシルに向けられた殺意。
自分の力が恐ろしかった。
試合が終わり、カインはすぐに姿を消した。
セシルはそのよそよそしい様子に心細さを覚えていた。
カインもいつか、きっと、自分に背を向けて歩き去ってしまうのだ。そう思うと寂しかった。

一方、カインはその頃、ハイウィンド邸の地下に所蔵されているホーリーランスの前に立っていた。
前大戦で戦死した父が扱っていた聖槍。
この槍は一振りで、悪の力を切り裂き、聖なる光で世界を包むことができると言われていた。
一見何の変哲もない金属製の槍だが、大きな力を持っているに違いない。
この槍なら、セシルの暗黒の力と対峙できるのではないか。
カインはどうしてもセシルに負けるわけにはいかなかった。
槍を取り出し、セシルを呼びだす。

セシルは、カインが再び声を掛けてくれた事を喜んでいた。
無邪気に、カインの誘いに応じる。
自分に負けてしまったことを悔しがっていることもうれしかった。
きっとカインは何か秘策を練って、自分に立ち向かってくるだろう。
カインがどれほど強い力を持って自分に向かってくるのか、セシルは楽しみにしていた。

カインは聖槍を持ち、セシルの前に立ちはだかった。
「この槍は前大戦で、俺の父親が使っていたものだ」
槍をセシルの前に見せる。
「先の大会では俺の剣は折れてしまった。しかし、この槍なら折れないだろう。もう一度、勝負をしてくれないか?」
セシルはその言葉に納得した。あのとき、剣が折れなかったら勝敗はどうなっていたかわからない。
「あぁ、もう一度勝負だ、カイン!」

二人は再び向き合った。
暗黒の剣と聖槍がぶつかり合う。負の力と正の力は反発しあい、一撃ごとに手のひらを痺れさすほどの衝撃が走った。
聖槍は折れなかった。
暗黒の力を切り裂き、セシルを追い詰めた。
セシルも強大な力で、カインの槍を振り払い、反撃を加えていた。
カインの鋭い付きで、セシルがバランスを崩す。
そこを見計らい、カインはジャンプした。
目にもとまらぬ速さで、セシルへ向かって急降下し、聖なる槍でセシルを狙い討つ。
セシルは暗黒の剣で防御したが、カインの加速力に負け、剣は手からはじかれた。
カインの槍が体に食い込む。
自分の持つ力とは対極にある聖なる力が、体に流れ込み、焼けつくような衝撃が広がった。
セシルが倒れ込む。

カインはセシルに勝つことに夢中になりすぎていた自分に気付いた。
セシルに槍を浴びせた瞬間は勝利の喜びのあまり自我を失っていたが、セシルが倒れ込む様子を見て、意識を取り戻した。
「セシル!」
カインがセシルを抱き起こそうとする。
しかし、セシルは自力で起き上がった。肩からは酷く出血している。
「大丈夫か、セシル!すまなかった」
手当てを、と言いかけたカインをセシルは制した。
「大丈夫だよ、カイン。暗黒の鎧を付けている時はどんなに怪我を負っても大丈夫なんだ」
青白い顔で、セシルが笑った。
どういうことだ、とカインが険しい顔でセシルに詰め寄る。
「暗黒の鎧は僕の体に打ち込まれて、僕の体の中を這いまわっている。骨が折れても鎧の杭がつなぎ止めてくれるし、筋組織が千切れても、杭が修正してくれる」
カインはその説明を瞬時には飲み込むことができなかった。
「だが、そんな痛みに耐えられないだろう。すぐに手当てを」
血を流す肩に手を充て、カインは医療班を呼ぼうとする。
「大丈夫だよ。僕にはもう痛覚はないんだ。だから痛みも、恐怖もない。便利だろう?」
かすれた声でセシルは笑った。
その言葉にカインは絶句したのだった。
やっぱり、カインの方が強かった。力は僕の方があるかもしれないけれど、技術はカインの方が上だなとのんびりした声で言う。

恐怖を感じない騎士団、それは唯の人形だ。
戦場で恐怖を感じない人間、それは最も恐ろしい存在だった。
いつか、上官が、恐怖を感じない人間とは任務を共にしたくないと言っていたのを思い出していた。
セシルは殺戮のための人形にされてしまった。
カインはセシルを抱き起こしながら思っていた。
今後、セシルは戦いのために生きて、戦いの中で死んで行くのだ。
カインは、今日の勝敗が最早なんの意味もなさないことを悟った。

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暗黒の鎧設定はまんまベルセルクです

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