★Je m’endors en baignant dans ton sang★

兵学校の廊下で、カインとセシルがはち合わせた。
角を曲がるときに、偶然二人が同じタイミングで歩いていたので、ぶつかりかけた。
セシルは一瞬、驚きに目を見開き、カインと目が合うと、気まずそうに目を伏せ、会釈をしてカインを避けて歩き去った。

セシル・ハーヴィ
カインはセシルに関する噂は数え切れないほど耳にしていた。
いわく、ラミアと人間の子だから、珍しい髪と瞳の色をしている。ラミアではなく幻獣と人間の子らしい。
陛下はその珍しい少年に夜伽をさせるために、トロイアの奴隷市場から買い上げてきたらしい。
セシルは幼年期、バロン城の塔に幽閉されていて、毎晩王の相手をさせられていたらしい。
セシルにはラミアの誘惑が天性のものとして備わっているために、傍に寄ると変な気を起させるという。
最もセシルの魅力に虜になったのが陛下ということだ。

兵学校に入学した時で、校内はセシルの噂で持ち切りだった。
セシルの名前を知らない者はバロンにはいないだろう。
皆が好色そうな目で、セシルを見て、ヒソヒソと陰口をたたくせいで、セシルは誰とも打ち解けることができなかった。
いつも教室で一人、椅子に座って本を読んでいた。

確かに、セシルの容貌は誰の目にも異色なものに映った。
色素が抜け落ちたかのように白い肌、銀色の髪。
陛下がセシルの後ろについているという噂のせいで、セシルに近づける者はいなかった。
もし、セシルともめ事を起こして、陛下の気に障るようなことがあれば、今後に関わるからだ。
しかし、セシルの完璧すぎる容姿の美しさも、近寄りがたい雰囲気をしていた。
伏せた目を彩る銀色の睫毛。その睫毛が陶器のように白い肌に影を落としている。
トロイアでもてはやされている彫刻のような作りものめいた、生気のない美しさは見る者を圧倒した。
セシルの方から他人へ話しかけるようなことは絶対にない。
その誰も自分の領域には入れない堅固なところが、カインは気に食わなかった。


カインはいつも通り、朝早く、剣技場行っていた。
日が昇ったばかりの時間であれば、ここを使う者は少ない。
一人、朝の稽古をするために剣技場を独占するには、この時間がうってつけだった。
早朝、2時間ほど剣の稽古をつけてから最初の授業に参加する。
それがカインの日課だった。
練習用の剣を手にして、剣技場へ入って行く。
しかし、そこには既に先客がいた。
彼だ。セシル・ハーヴィ。

扉の開く音を聞き、セシルが後ろを振り返った。
銀色の髪がふわりと揺れ、珍しいすみれ色の瞳とカインの青い瞳がかち合った。
カインはそのすみれの瞳に絡め取られ、身動きができなくなってしまった。
一瞬間、居心地の悪い沈黙が流れる。

「ハイウィンド卿・・・」
セシルが口ごもるようにカインを呼んだ。そして目を伏せた。
「カインでいい。お前もここを利用していたとはな」
はい、と小さな声で返事をすると、セシルは剣技場を立ち去ろうとした。
その様子は、カインが狼藉者のように、セシルを追い出すような形にも見えた。
あまりにもよそよそしいセシルの態度に、カインは少しムッとし、一つ提案をした。
「折角ここで会ったんだ。剣を交えてみないか」
王室付きのお稚児さんと言われている彼が剣をまともに振れるのか、そんな意地の悪い考えがカインの頭に閃いた。
剣技を試してやろう。
セシルは戸惑いで目を泳がせながらも、お願いします、と呟いた。

剣を構え、対峙する。
カインは初めて正面からまじまじとセシルを見た。
セシルは自身と野心に溢れたカインの冷たい青い瞳に、躊躇った後、カインに向かって一歩踏み出した。
試合が始まる。
セシルの剣さばきは的確だった。カインの突きを優美と言っても良い手つきで交わし、反撃を加えてきた。
カインはこの試合はすぐに終わるだろうと、セシルを舐めて掛った自分を戒め、鋭く踏み込む。
ムキになって応戦し、とうとうセシルの剣を叩き落とした。

セシルが手首を押さえながら、顔を上げる。
いつも大理石のように白い頬は今、桜色に上気していた。
セシルが息を弾ませながら、カインに向かって微笑む。
「ありがとうございました」
そう挨拶をすると、すぐにこの場を離れたがっているようだ。
セシルの様子に物足りなさと、無礼さを感じ、呼びとめようとして、カインは気がついた。
セシルの手首には、一筋の血が伝わっていた。
それをカインに感づかせないように、足早に立ち去ろうとしていたのだ。
「待て」
カインはセシルの肩を掴んだ。骨ばったその肩の薄さに驚く。
「悪い、怪我をさせた」
しまった、気付かれてしまった、とでも言いたげな、瞳をカインへ向ける。
「いいんです」
セシルは手首を隠すように、もう片方の手で覆った。
「手当てをする」
カインは譲らない。
カインの大きな手が、セシルの細い手首を掴む。
セシルの傷は、カインの目に晒された。
出血の割に、傷は小さい。セシルの手が少し震えている。
がっしりと手を掴まれてしまい、セシルは動けないでいた。
どうしようかと考えあぐねている時、カインが体を少し屈め、セシルの手に顔を近づけると、傷口に唇を寄せた。
「あっ・・・」
セシルの肩がびくっと震える。
自分の血がカインの唇を汚す様子を息をひそめて見守っていた。

バロンで一番の家柄を誇るハイウィンド卿が、自分の血を舐めとっている。
いつも、冷たい瞳であたりを冷静に見ているカインを、セシルは恐れていた。
兵学校の授業も取るに足らないものとでも言いたげな威圧的な瞳がセシルは苦手だった。
カインの他人に対する冷たい態度、それは身分の高さとカインの高潔さから来ているものだった。バロンの生まれで無い、貴族の位を持たない自分はカインの純血思想とは相いれないと思い、セシルはカインを避けていた。
そのカインが、自分の血を舐めている。どこの生まれともわからない自分の血を。
カインを汚してしまったように思え、セシルの瞳は曇ったが、この行為には何か官能的な予感が漂っており、それに酔うあまり、手を引っ込めることができなかった。

カインの方でも、よもや、自分が他人の血をすすることになるだろうとは思っていなかった。
しかし、平静から誰も身の回りに寄せ付けないセシルに傷を付け、その傷に口づけることで、誰よりも深くセシルに関わったという事実に恍惚を感じていた。
あまりに色の白いセシルを見て、彼の血は青いらしいとおかしな噂を立てるものがいたが、彼の血はほかの人間と同じように赤かった。
そして、その味も自分と同じ鉄の味だった。
それは当然のことだが、いつも下世話な噂ごしにセシルを見ることしかしていなかったカインにとって、セシルが初めて生身の人間であることを確認した瞬間だった。
カインは自らの舌で、セシルの輪郭を確認していた。

長い沈黙の後、カインが顔を上げた。
「医務室もまだ閉まっている時間だ。応急処置と言ってはなんだが・・・すまなかった」
カインが真っすぐセシルを見つめる。
その瞳には、いつものような冷たさはなく、親しみのこもった温かみを帯びていた。
セシルは気恥ずかしさから目をそらしてしまった。
「ありがとう・・・カイン」
照れ隠しの様な笑みでセシルは応えた。
その花の様な頬笑みに、カインも笑顔を作った。

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

カインの憎しみ度高めの話を作ろうと思ったのに、イチャラブ話ができあがってしまった。

[ 2/14 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -