★十字架★

父は黒魔法や飛空挺製作の技術など、色々なことを教えてくれたが、いつも最後には同じ言葉を言った。
「正しいことより、正義より、大事なものがある」
幼い私にはこの言葉の真意はわからなかった。
その大事なものを守るために、魔法を、技術を使うように。そのために強くなるのだと父は私の肩を抱いた。

父は私に色々な物を見せてくれた。
初めて飛空挺に乗った時の感動と言ったら!
私は空高くそびえたつ、バブイルの塔の外壁に手を伸ばし、水平線の向こうへ沈む太陽を眺めた。
誰も達成できなかったことを、父はやってのけ、私はその功績の最初の目撃者となった。
父は世界中から愛された。

しかし、そのあまりにも大きな功績は、その大きさに見合った代償を支払わされることとなったのだ。
父は自分の教えた魔法によって殺された。
次々に新しい技術を生み出して行く父を恐れた民たちは、父を異端扱いし、邪悪な魔術師として、火刑にした。
父は青き星を滅ぼそうとする悪魔とののしられ、大衆の面前で鞭を打たれ、十字架に張り付けられたのだ。

「ファイラ」
黒魔道士が魔法を唱えると、父の脚の下に置かれた藁と薪が燃え始めた。
炎がどんどん大きくなっていく。
父の脚は真っ赤になり、皮膚が捲れ、焼けただれていく。

「やめろぉぉぉおおおお」
私は父が燃やされている十字架まで走ろうとした。
駆けだそうとしたその脚をミシディア市民に蹴られ、私の腕は背中の後ろで拘束された。
「放せ!放せぇぇええ!」
こうしていく間にも、火は更に大きくなり、父の脛のところまで燃え上がった。
父は悲痛そうに目を閉じ、痛みにこらえているようだ。
人間の肉体が燃える匂い。

誰かが私の顔を殴った。視界が霞んでいく。
父の体は顔まで炎に包まれた。
下半身は真っ黒になり、ドロドロと溶解を始めていた。
「そんなに父親の所へ行きたいか。近くで見せてやるよ!」
ミシディア市民が束になって私を取り囲み、父の足元まで連れて行った。
火は父の腿のあたりを焼き焦がしている。
体がどんどん形を変えて行く。こんな光景を見せないでくれ!私は顔を背けた。
「何してる!お前が見たいと言ったんだろう!しっかり見ろ!」
男が私の顔を父の方に向け、近くにいた別の男が私の目を見開かせる。
「うぁぁああああ」
私は錯乱状態になって叫ぶ。
その時、私の声を聞いた、父が爛れた頬とどろどろしたゼラチンみたいになった目をこちらへ向けた。
これは誰だ。本当に父か。こんな姿になって!
焼けて行く人体の光景と、ものすごい匂いに私は胃の中の物を吐き出してしまった。
父が死の直前まで言っていた、正義とは、大事なこととは一体何なのだ。この結末を目にしても、そんなものを信じていられるか。

もはや、私は父の顔を見ることができなかった。
父の足元に蹲り、顔を覆って泣きだした。男たちは蹲る私を蹴る。
もうやめてくれ!もう沢山だ!

火はとうとう燃え尽きると、黒こげになった父を取り残して、ミシディア市民は自分たちの住み家へ帰って行った。
そこには私と母と、何人かの父の弟子が残った。
弟子たちもひどく殴られ、顔や体からは出血していた。
妊娠している母は、蒼白な顔をしながら、父の体に近づいた。
私は恐ろしくて、母の歩いていく方向を見ることができない。こういう時に母の強さを感じた。

「降ろしてあげて・・・」
母は、父の足元に膝まづき、燃え尽きた薪を退かしている。
背の高い弟子たちが、父がくくりつけられている十字架の縄を切った。
遺体が降ろされる。炎と最も長く接していた脚は、ぼろぼろと崩れてしまった。
太股が半ば砕けた形で、地上に降りる。その異様に小さな遺体を、跪く母が抱きしめる。
まだかろうじて形をとどめている顔と首を抱く。
母の白く美しい顔が、焼けた父の頬に触れる。桜色の唇で父の頬をなぞった。

その晩、母は子供を産んで死んだ。
産んだ子供を母は涙を流しながら抱きしめた。きれいなすみれ色の瞳から涙が零れ落ち、小さな子の頬にかかった。
その涙に気づき、生まれたばかりの子は目を開けた。
母と同じすみれ色の瞳。窓から射してくる月明かりを反射させ、きらきらと輝いた。
父の遺志、そして、母の慈しみを代表しているようだった。
子供は微笑んだ。母は、その可愛らしい顔をなで、ばら色の頬に口づけた。
そして、絶命した。
まるで、その口付けは、母が自分の最後の精気を子供に与えるかのように見えた。
母は自分の生命の全てをこの子供に託したのだ。私ではなく、この子に。

生まれた子供は美しかった。
私の弟。
母にそっくりだった。いや、母以上に美しかった。
母の養分を全て奪い取って、この世に生まれ出たかのように、この子は母の美点全てを兼ね備えていた。
父の死も、母の死も知らない、その瞳には平和が映っていた。
憎しみも悲しみも、その瞳には宿っていなかった。
この子が微笑むと、自然と私の顔もほころんだ。
この子の目の輝きには、理知のようなものが宿っていると思えた。
父と母が望んだ平和。そういうものを生まれながらにして持っているように感じた。

そして、私はこの子を守るために、存在している。
私が持ちえなかったものを皆持ち、この世に生まれてきた。
そして、この子は私が最も見たくなかったものを、見ずに生まれたのだ。
永久に、私の悲しみ、私のトラウマを知らずに成長していくだろう。
そう思うと、この子が憎かった。

私はこの子を抱きしめた。温かな体温が私を包む。それは紛れもない幸福だった。
しかし、同時に、今少しこの腕に力を込めれば、いとも簡単にこの子を殺せるのだと思った。
射殺すような視線で、この子の目を見た。泣き出すかと思ったが、この子は泣かなかった。
それどころか、私の感情を全て理解しているとでも言いたげな表情でこちらを認識し、頬笑みを返してきたのだ。
私はこの子の顔に母の面影を見た。
その笑顔は、この世の奇跡のように思えた。私を救い得るものでもあった。
しかし、私はその頬笑みに耐えることができなかった。

私はその晩、森の中にこの子を捨てようと決めた。

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ピエタ

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