★セシー、セシル、セシリア★

私がなぜ、こんなにもセシリアを愛したのかというと、それはクルーヤがセシリアを愛していたからだ。

私に栄光を与えてくれたあの男。私の憧れた唯一の男。
全ての分野において私よりも秀で、私の頭上高くに君臨し続ける、その男が愛している女を横取りできれば、彼の支配から逃れ、この身を苛み続ける劣等感から逃れられるかもしれないと思ったからだ。

でなければ、あんな面白味のない、珍しいのは銀髪くらいの女に、これほどの執着を抱かなかった。
彼女の微笑。おぞましいほどの清廉さ。意志の強い目。その体は既にクルーヤによって手折られているくせに。
私の膝にすがりつかせ、愛していると言わせた後、杭にくくりつけて泥を投げつけてやりたいというのが、私が隠している欲望だ。

クルーヤが私に与えた栄光はこうだ。
クルーヤとの初めての出会いは、私が8歳の時。
剣技を磨く自分に声をかけてきたのがクルーヤだった。
クルーヤはゆったりとしたローブに身を包み、背中を丸めて座っていた。みすぼらしい浮浪者の恰好をした中年男性に私は怪訝な顔をした。
「君の剣の太刀筋は素晴らしいが、ただ剣を振り回すだけでは敵にかなわない」
勝ち誇った顔をしているこの中年を、私はむっとして睨みつけた。
「君では私にかなわないだろう」
そう言って、懐から小刀を出して、勝負してみろというのだった。
私はこの自殺志願者の望みを叶えてやろうと思った。まだ人の肉を斬ったことがなかったからだ。
長剣を貴族らしく、優雅に構える私と、おぼつかない足取りの上に、こともあろうか片手に汚らしいナイフを握る男。
しかし、剣を交えた瞬間、私の腕は痺れ上がり、純金でデザインされた家紋がきらめくミスリルソードを手からはじき落とされてしまった。
「ほらな」
そう言って、私を見下しているこの男を心の底から殺したかった。
「私は君の体に電流を流したのだ。精神を集中させて、雷をイメージしてみるといい。この雷は君の肉体を駆け巡る。人間の体は小さな粒が接着し合って形を作っているにすぎない。この接着が崩れれば、君の体はただの粉になって崩れ去る。私が起こした小さな雷、電流は、君の細胞の接着を弱らせ、君の手からその立派な長剣を落とさせたのさ」
この時、彼が私に与えた助言を理解するのに、私は3年の時間を費やした。
イメージすることで雷を起こすだと?狂人の発想だと思ったが、彼は見事にやってみせたのだ。被検体はもちろん私。
皮肉にも、彼のこの助言だけを実行し、強力な電流を操り、細胞の接着を完全にバラバラにできるようになった時、私は周りから「オーディン」と恐れられ、その剣に斬れないものはないと謳われ、私の太刀筋は「斬鉄剣」と敬われるようになったのだ。
騎士王に信任されたのも、ひとえにこの技のおかげだ。

私は王になってからも、クルーヤの導きに完全に従った。
私を小馬鹿にした瞳。おおよそ人間が思いつかないことを言い出し、それを実現させる快活な瞳。私が永遠にたどり着けない存在。
彼は飛空挺を作ることに躍起になっていた。魔法のように使い手を選ばず、竜騎士よりも鍛錬のいらない、民間人のための飛空挺。
飛空挺を作ることで、バロンの文化はまた一段高みに登るのだとクルーヤは主張した。
バロン人はあんな重たい鉄の船が宙に浮くものか、とクルーヤを白い目で見ていたが、飛空挺の飛行実験をなんなく成功させ、空高く舞い上がり、また地上に降りてきた時、クルーヤを真の英雄、神の子供と迎え入れ、熱狂的に愛するようになった。

しかし、クルーヤを愛さなかった民がいたことも事実。
自分たちを神に選ばれた民と思い込んでいたミシディア市民にとって、これほど魔法の神秘性を凌辱されたことはなかった。魔法とは、ごく少数の選ばれた人間の絶えざる精神鍛錬から生まれ出るものなのであり、字も書けないような百姓がその恩恵にあたってはいけなかったのだ。
黒魔法も白魔法も、クルーヤが考案したものなのだから、ミシディア市民には口出しする権利など、そもそも無かったのだが。もちろん、私はそれを正そうとしなかった。

アガルト鉱山に工場を作って、飛空挺を大量生産する案を公表した時、ミシディア市民との間に生じた亀裂は取り返しのつかないものとなった。
ミシディアは宣戦布告の準備を始めたのだ。
私は表向きには、「バロン軍は全兵力を動かし、これに応じる。あなたを守るためだ」と宣言した。
そして、クルーヤはもちろんこう答えた。
「罪なきバロン市民を犠牲にはできない。私がミシディアへ赴き説得する」
私はミシディアの魔法に八つ裂きにされるクルーヤ、またはミシディアを全滅させるクルーヤを思い描いて、恍惚に浸っていた。どっちに転んでも、クルーヤは死ぬしかないのだ。
非暴力に訴えるストイックなバラモンのように犬死にしたクルーヤを見て泣き崩れるセシリアを、バロン城の塔に幽閉するのは簡単だろう。
私の欲望は、バロン市民のための苦渋の決断、未亡人への慈悲深い配慮として扱われ、セシリアの肉体を好きなように扱えるようになるのだ。

しかし、この甘美な妄想は実現されることはなかった。燃えるような意志を持つセシリアはクルーヤと離れている自分の人生に意味はないと言い張り、危険な魔法が飛び交うミシディア戦線の最前列に裸足で駆けて行ったのだ。

セシリア。私が見殺しにしたセシリア。命を救ってあげられなかったセシリア。
私は君のために永遠に懺悔しようと誓ったが、すぐにそれを撤回する羽目になった。
森の中で泣いている赤ん坊。君にそっくりな顔をしている。
ここに置き去りにすれば、私が甲斐甲斐しく面倒をみると思ったのだろうか。
ええ、喜んで。

我がセシリアの生まれ変わり。我が命。
ビロードのマントを羽織っていてさえ、分別を持ち、貞節を守った私(醜聞が何よりも恐ろしかった。私の正体はただの臆病者だ)に与えられた、欲望の鞘。

私は君の願いを踏みにじったが、今度は君の子供の人生を踏みにじることになるのだ。
この赤ん坊が女の子だったら、君の名前をつけようとしたが、この子は男の子だった。
この子の中に欲望をたたきつけることで、君の神聖さに復讐できるばかりか、私に人生の光、権力の全てを与えてくれたあの憎たらしい男をも凌辱できるのだ。
この子を永久に愛する。私のやり方で。
愛しのセシル。

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