花と彼のそこへ至る顛末。(三)

「昔教室に通われていた方の娘さんと偶然お会いしてね、お茶をご一緒することにしたの。綾さんはどうします?」

すでに駅の改札で祖母の到着を待っていた綾は、記憶にあるより当然大人の男性になっていて、かつ美人なところは全く変わっていなかった。

無表情な彼に構わずにこにこと妙が尋ねる。

恋人ができても長続きしない、もういい年なのに結婚する様子も見せない、と綾のことを愚痴っていた妙は、何度かお花の生徒たちともお見合いめいたこともさせていたらしい。

だからなのか、彼は改札から祖母と出てきた娘っ子(つまり花)には目もくれない。

 昔一緒に遊んでくれた“おにいちゃん”は育ちのよい穏やさを常に崩さず、やさしかったけれど。
オトコとして接すると疲れそうだな〜、と偉そうなことを考える花だった。

くせっ毛の花からすれば憎々しいほどサラッサラの黒髪、仕立ての良さげなシャツにスラックス。
27だというのに男臭いところがまるでない。

ここに来るまでにさんざん実の祖母である妙から、彼の女性関係について色々情報を吹き込まれていたけど、こりゃ無理ないわ、と花は頷く。
 誰だって躊躇しちゃうよ。こんなキレイな男と付き合うのはいいとしても結婚は無理。
 家庭を作っているところを想像できないし。

妙の家――藤枝家は子どもが綾の母だけ、ついでに孫も綾だけ。
早くひ孫の顔が見たいのに、なんてため息をついた妙には悪いけれど、かなり難しいんじゃないかなーと花はさらに分析する。

ササキですコンニチハ〜と軽く挨拶をしたあと、花はボロが出ないようによそ行きの笑顔を浮かべて、祖母と孫のやり取りをながめていた。

フと綾さんの視線が花の方へ向き――さっきまでの無表情はなんだったのさと言わんばかりの甘い笑みが向けられる。

 うげ。

内心呻いた花は、しかしにっこり笑い返した。
妙が、あら、と意外そうな顔をしたのに気付いたけれど、目を離せば負けだ、という気がした。
何が負けかはわからないけど。

「久しぶりならそれは積もる話もあるでしょう。濃茶の美味しいお店を知っているんですよ。そちらでどうです? ――花さん」

 ぎゃっ。バレてら!
顔を覗くように屈みこんでニッコリと微笑んだ彼に、花は飛び上がった。

「まああ、綾さんったらもうわかっちゃったの、つまらないこと」
「何ですか? お二人で悪巧みでもなさっていたんですか」

がっかり顔の祖母に、綾がクスクス笑い出す。
花と妙は顔を見合わせて、あ〜あとため息をついた。

「花さんが素敵なお嬢さんになられたから、綾さんが気付くかどうか掛けてたのよ、ねえ」
「わかんないと思ったのに、ちぇーですね」

 そんなに変わってないかなー。
 わざわざ化けたのに。

花が拗ねたようにぼやくと、綾は瞳を和ませる。

「いえ、最初はわかりませんでしたよ。またお祖母さまが悪いクセでも出されたのかと」

お嫁さん候補ご紹介〜、ね。

「気付いたのは、瞳かな。昔、こんな風に遠慮なく僕を見つめる子がいたなあ、と思ったら後は、」

芋づる式に思い出しちゃったと。

「久しぶりですね、花さん。お綺麗になられて、見違えましたよ」
「いやいやいや、痒いからそーゆーお世辞はいいですよ」

彼女でなければ誤解しそうな柔らかい笑顔を振り撒かれ、花は手を振った。

 短パンTシャツでよそん家の庭を駆け回ってた頃を知ってる人に言われると、ねえ?

予定とはちょっと違ったけど、目論見通り綾にお茶をごちそうになり、妙と思い出話を交わし、また機会があったら会いましょうねとお別れして――それで、終わりのはずだった。


再会の数日後に掛かってきた電話さえなければ―――。






 

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