花と彼のそこへ至る顛末。2(一)


ある日のこと。
お見舞い帰りのデートという強制連行的お出掛けで、入ったティールーム。
雑誌を眺めていらした、便宜上婚約者さまが唐突に仰いました。


「ナース、いやセーラーも捨てがたいですね」

 またこの変態はなにを。

花は蔑んだ目で目の前の男を見た。彼は至って真顔で雑誌を繰っている。

 コヤツの無駄美貌に見とれている周囲のお嬢様方は、まさかこの口から変態発言が繰り出されているとは全く思っているまい。

ジトリと冷たい目をしている七つ年下の婚約者に気付いて、彼は蕩けるような笑みを見せた。

「花さん、そんな熱烈な眼差しで見つめられると、放送禁止用語的な行いに走ってしまいそうになりますよ……?」

「くたばるといい」

くりくりした花の髪の縺れを長い指先を伸ばして梳きながら、彼が麗しく微笑んで言っている内容はこれだ。
いい加減慣れてしまった自分が少し悲しい、と花は半眼のまま目を逸らした。

「いや、ナースよりセーラー服……」

その経済誌のどこにナースやらセーラーやらの入る余地があるというのだ。実は表紙だけお堅くて中身はエロ記事とか? 綾なら有り得る、と納得してしまいそうだ。

ため息を吐きつつ、花は仕方なく話に乗ってやる。いつまでも言いそうだし。


「さっきから何のハナシですか」

「最近マンネリでしょう? 友人に相談したら、コスプレでもしたら変化がついて燃えるんじゃないかとアドバイスが」

「…………聞きたくないけど何のこと?」

 予想はつくけど一応念のため万が一億が一にも考えすぎだったりしたら自意識過剰だしー、やん、花ったらハズカシーイ。

虚ろなひきつり笑いを浮かべ、尋ねる。綾はもちろん、と微笑んでスッキリ答えた。

「花さんとの愛の営みの、」
「死ね! 剣山に突き刺さって死ね!」

間髪を入れず叩っ切るように言葉を遮った花に、激しいですね花さんは、と綾は全くもってこちらの言うことを聞いていない。
これもいつものことだが。

 一生の不覚だ!

とあの日から何度目かになる叫びを花は無言のまま上げる。

ついうっかり魔がさして――というより弱っていたところを狙われてだと今なら確信する――便宜上、契約婚約者であるこの男と一線を越えてしまった、『あの日』から。

流されてしまった花は後悔しきりなのだ。


 変人奇人だとわかっていたはずなのに……!!


ちなみに、一回も二回も同じでしょうと何だかんだ言いくるめられ、ペロリと喰われることもう数えたくないほど数回。
なし崩しにそういう関係を続けている。

――あれ、これって普通に婚約関係じゃね? 花がそう正気に返るのはしばらくしてから。


ギリギリと歯軋りする花を天辺から爪先まで眺めて、うん、とうなずく綾。

「やっぱりおさな妻にはセーラー服でしょう」
「絶対着ませんから、絶対!」

 誰がそんなものを着てわざわざムニャムニャされるか! と強く拒否する花に、綾はおや、と目を細める。

「メイドの方が良かったですか?」

罵詈雑言を投げつけようとした花はピタリと口を閉ざした。

 ――まさか?
 いやいやいや、知らないはずだ。知っているわけがない。


ダラダラと背中に嫌な汗を流しながら、花は微笑んでいる男をチラリと窺った。

「花さんならさしずめ――ツンデレメイド? 萌えますねぇ」

 知られている訳がないはずだ!
周辺には、煩わせたくないから内緒にしてねと口止めは済ませている。

 そう、来週うちの学園祭があるだなんて――ゼミの仲間に巻き込まれて、メイド喫茶をやる羽目になったなんて……!!

「ところで花さん来週の木曜日ですがもちろん僕の予定は空いていますよ」
「ギャーーーッ!! やっぱり知ってるしっ! 何で、どうして、どこからっー!?」

花は頭を抱えて絶叫した。

「ふふ。僕の花屋さんにとても弄りがいのある……いえ、働き者で親切なバイト君がいまして。彼、偶然にも花さんと同じ大学なんですよふふふふ」

 誰だ! 
 どこの学科の野郎だ!
 コレが雇い主って同情するけどそれとこれとは話が別だ!
 よくもチクリやがったなぁああっ!!

見も知らぬバイト君に呪いの言葉を吐き、花は絶望する。
ウキウキしている便宜上婚約者の顔に、メイドコスブラボォと書いてある。

 この変態が………!!

「婚約者に招待券は頂けないんですか、花さん?」

「い、いえ……綾さんヒッキーだし、無理に来ていただくのも悪いかなー、なんて……」

「そんな気を使わないで下さい。僕と花さんとの間で、遠慮なんてなしですよ」

 アンタはちょっとは遠慮しろ。

花の心のツッコミはもちろんスルーされ。


「楽しみですねぇ、学園祭」


なにやら期待に満ち溢れた婚約者が、うっとり呟いた。




 

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