flowery flower


彼氏と彼女
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「お願いがあるんだけど」

椿がおもむろに言い出した。

朝からイロイロされて、それでも頑張ってシャワーを浴び、体裁を整えたあと。
私たちは早めに家を出て、それぞれの仕事場に近いコーヒーショップで軽く朝食を取っていた。

「おねがい?」

チャイラテを啜りながら首を傾げる。
頬に掛かった私の邪魔な髪を長い指先で払いながら、椿は微笑んだ。

………。

昨夜から続く彼の甘い仕草に私はドキマギして、赤くなった頬を誤魔化すようにカップに視線を落とす。

うう、昨日から知らない椿ばかりだ。
淡白そうな顔してエッチだし、彼女(……私のことだ!)への態度は甘あまだし。


慣れてないので恥ずかしい、
でも、嬉しい。
でも恥ずかしい。

私の内心の葛藤に気づいているのかいないのか、椿はサラリと発言する。

「伊万里といつも何とかして逢いたかったから、今まで仕事定時までに片付けてたんだけど……そろそろ無理が来そうなんだよね」

なんかー!
恥ずかしいことまた言ったー!

逢いたかった、って、もうもう!
仕事帰りのついでだよ、なんて顔してたくせにー!
何で今ごろそゆこと言うの!


「仕事が詰まってきたら、連絡とるのも難しいんだ。だから、」

カチリとテーブルに置かれた、銀色のカードキィ……、

「俺のうちの鍵、先に渡しとく。今度は伊万里が来て」

渡されたモノに私は顔を真っ赤にして口をぱくぱくした。

だから、ストレート過ぎ…っ!

「……場所、知らないし」

どう返していいやら、モゴモゴ呟くと椿はにっこり笑って。

「伊万里さえ良ければ今日にでも、招待するけど。その代わり、もちろん泊まらせるから」

いや! とりあえず今はお腹一杯なんで、2日続けては無理っ……!

鍵を見つめながらぷるぷるしている私の手を、椿が握る。

「伊万里と仕事柄休みは合わないし、……ちょっとでも一緒の時間を過ごしたいって思ってるのは俺だけ?」

指を口元まで持ってゆき、その先にキスをして、そんなことを言う椿の瞳は――夜の熱を湛えたままで。


たすけてえええぇっっ!


「早く終わったらメールするから、一緒に帰ろうね」
「……うん」

その言葉に私は頷く。
彼の会社の方向と、私の店までのちょうど別れ道になる交差点で、ギリギリまで手を繋いでいた。

端から見たらバカップル、バカップルだよ私たち!
と、自分で脳内ツッコミを入れつつも、ふわふわした幸せな気持ちが続いていて、自ら離れる気にはなれなかった。

こんな最初から浮かれてて、どうしよう。
いま絶対、私、ピンク色のオーラ発してる。

自分の中で、
恋愛ごとを恥ずかしいと思う子どものままの部分と、

彼を好きだと訴える女の部分がバランスを取るためにケンカをしてる。


「――あ〜、待って、今のなし」

ぐるぐると答えのでない考え事をしていた私は、ギュッと繋いでいた手を強く握ってきた椿の言葉に顔を上げた。

「早くても遅くても連絡は入れる。待ってて?」

甘ったるい眼差しでそんなこと言われたら、頷くしかないじゃない。


ああ、バカップルで、もういいよ。

もっとギュッとされたい。
全然足りない。


「椿、」

うん? と柔らかく笑んだ瞳を見上げて、言った。

「今日、やっぱり椿の家に行きたい、かも……」

 
自分でも、頬が赤くなってるのがわかる。
そんな私をパチリと瞬いて見つめた椿は次の瞬間破顔して、大歓迎、と呟いた。

「じゃあ、夕方辺りに一度メールするから、待ち合わせなんかはその時に」
「うん」

ほにゃっと緩む頬を抑えきれない。

お互いに行ってきます、なんて言い合って、ようやく私たちは手を離した。


あああ、この色ボケした顔、絶対店長に冷やかされる。

椿が恋人だって“ちゃんと言うんだよ”って言われたけど、今までを知られているだけにこっぱずかしいよ〜!
考えてるうちに頭のてっぺんに集まってきた熱を払うように首を振って――ふと、強い視線を感じた。

発信源らしき方向へ目を向ける。
反対側の信号の下、スッキリした女らしいスーツ姿の女性が、じっと私を見ていた。



 

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