flowery flower
彼の独白(1)
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運命だと思った、なんて言ったら、君はまたあの頃のように笑うだろうか。
以前住んでいた街に戻った時、会えたらいいなと懐かしく思ったのは君だけだった。
仕事の都合で幼い頃を過ごした街に越してきたのは数ヵ月前。
あの頃の自分は家と学校、病院を行き来するだけで友人と遊ぶ余裕もなかったから、こちらに戻っても連絡をしたい相手なんていなかった。
ただ、誰もいない家に帰りたくなくて時間をつぶしていたときに、同じ時間を共有した彼女以外は。
引っ越す前の数週間を親しく(と俺は思ってる)過ごした、同じクラスで同じ園芸委員をしていた女の子。
女の子と言ってもあの頃の彼女は髪も短く外で走り回っているのが似合いな、元気な少年のような子で。
委員という接点がなければ、親しくもならなかっただろう。
それくらい、あの頃の俺と彼女は違う生き物だった。
それが、大人になっても記憶に残る存在になったのは、やっぱりあの時間を過ごしたから。
バカにされるかと思った、男のくせに花を育てる趣味も、裏なくスゴいなと感心するだけで、俺の話を楽しそうに聞く。
管に繋がれた妹の痩せ細った顔や、暗い父母の顔しか見ていなかった俺は、太陽の下、笑う君が眩しかった。
居なくなる自分を忘れないで欲しくて、君の机に願いを込めた、その花束を入れた。
――君はあの花言葉を笑ったけれど、その分覚えていると思ったから。
突然いなくなる俺の気持ちを分かって欲しかった。
……まあ、友達の多い君だから、一時親しかった程度の俺をずっと忘れないでいてくれるなんて、あまり期待はしていなかったけれどね。
連絡をとろうと思えば出来たのかもしれない。
そうしなかったのは何故だろう?
忘れられていたら、悲しいから?
そんなことをしなくても、会えると思ったから――?
そうして仕事の帰り、必要があってたまたま寄った花屋。
大人の女性になった君がいるなんて、思ってもみなかったんだ。
少年めいた強い眼差しはそのまま、
柔らかく花開いたような君が目の前にいることが、
俺を忘れないでいてくれたことが、
どんなに嬉しかったか。
あの頃の自分達を思い出す、花の香りがするその場所を、仕事に選んだのはどうしてかな。
やっぱり運命みたいだと思わない?
あの頃とは違う気持ちで君を想う、それを、いつ、告げよう。
――彼氏じゃないって誰のこと?
我ながら、意地の悪い問いかけだったかもしれない。
“――彼氏じゃありませんてば!”
君の仕事が終わるのを見計らって訪れた店、そんな言葉が耳に入って来た。
あの状況からして、俺のことだと思うんだけど。
そんなに強く否定しなくても良いのに。
照れ隠し?
それとも、本当に誤解されるのが嫌だった?
君と帰るたび、買う花束の意味を知っているかな。
別れ際、数語の言葉と共に、いつも君に渡そうと思うのに、持ち帰るばかり。
幼なじみというには遠く、友人と言うには近すぎる、君との関係。
一歩踏み込んでも、君は逃げたりしない?
関係ない、なんてつい自棄になってこぼれてしまった突き放すような言葉に揺れた瞳、期待してもかまわない?
いつもは溶けて重なりあう君との空間が、今日は弾けるような熱を孕んで、二人が危ういバランスの上に今いることを教えてくる。
笑顔で話す、ふとした合間に何処かを見つめる頼りなげな顔。
らしくない、その表情は俺のせい―――?
「送ってくれてサンキュ」
彼女のマンションの前。
手を振って、遠ざかるその背を、気付いたら呼び止めていた。
「――伊万里、」
少し驚いて振り向く君に、大事な言葉を渡すために、俺は唇を開いた―――。
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