flowery flower


私たちと、それ以外。
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「おかえり、椿」

その日、椿が帰ってきたのは日付が変わる少し前だった。

お茶漬けの用意をして、既にお風呂を頂いたあとの私は玄関まで彼をお出迎えして。

いきなり抱き締められた。

おおおお?
これはアレか、アナタ〜おかえりなさい☆ ご飯にする? お風呂? それともア☆タ☆シ? というアレなネタをお望みかっ。

と、阿呆な想像をしていた私だったけれど、ド暗い表情をした椿が、ゆっくり言葉を発した瞬間その妄想を捨てた。

「……伊万里、知ってたの?」

仕事の疲れだけじゃない疲労をその面に浮かべて、椿は重い息を吐き出した。

何が? と首を傾げる私に、

「水原。この間、俺の携帯を勝手に使ったのも、彼女だったんだろう?」

ありゃ。

「……なんか言われた?」

ヘコんだ様子の椿の顔を覗き込みながら、苦笑いを向ける。

「はあ……。ご想像通り、告白されて、いろいろとね」

ごしごしと疲れた顔を擦りながら、ようやく私から離れた。
鞄を奪い取って、動きの鈍い背中を押し、リビングまで椿を誘導する。

「全然気付いてなかったの? けっこう彼女、あからさまだったと思うのに」

周囲を見るに長けている椿なら、感づいてもよさそうなものだけど。

「ん〜…、仕事場では、そういう感情全部シャットアウトするようにしてたから。面倒だしね……」

そういや、望田さん言ってたっけ。仕事中の椿は冷静を絵に描いたみたいに機械的だって。

「最初っから除外してるんだよ。仕事で関わる相手は」

恋愛感情が入ると、うまく回らないだろ? と訊ねられるけど、私だってそんな状況になったことはないからわからない。他店はともかくうちは女の方が多いし。

しかし、最初からって、ほんの少し彼女が気の毒かも……。
私になんて、同情されたくないだろうけどさ。

私を射殺しそうな目で見ていたことを思い出す。
イキナリ告白って、私が微妙に煽ったせいかと悩んでいると、ぐいと引き寄せられた。

「……どう答えたか訊かないの?」

俺が他の女に告白されて気にならないのかと拗ねたように訴える椿。
至近距離にあるその頬をつねった。

「私がいるのにいい加減なことする椿じゃないだろ。まあ、ケンカ売っちゃった手前、気にならないと言えば嘘だけど」

ケンカ売ったって何したんだ……と遠い目をして呟く椿は無視して、きっちり結ばれて苦しそうなネクタイに手を伸ばす。
結び目をほどいて、襟元をくつろげていると、ニヤリと笑んだ唇が降りてきて、触れて。

「なに、積極的だね。そんなに待ちきれないの?」

阿呆なことを言う。
冷たい目で見てやると、こっちの余裕を突き崩すようなキスが。

酸欠になるまで弄んで、ようやく気が済んだのか私の腰を抱き込んだ姿勢のまま、椿は沈んだ表情で漏らす。

「……薄情なようだけど、正直、言わないで欲しかったよ。伊万里が居なかったとしても、応える気はなかったから」

ホントに、仕事仲間は除外なんだ。

フラれた方も辛いだろうけど。
フッた方もしんどいよね。

「水原が悪いわけじゃないのに、罪悪感が転じて疎ましく思うなんて、俺、ヒドイよな」

もたれ掛かってくる椿の頭をそっと撫でた。

―いっそのこと、今日のこれで嫌いになってくれたらいいのに。

どうかな。
椿がどんな答えを出したとしても、たぶん彼女の負の感情は、私に向かうような気がする。

――だって、好きなひとを恨みたくないもの。

いいよ。
いくらだって恨まれてあげる。

私は椿を手に入れてるんだもの。
彼女の立場で見ると、どうしたって私が悪役なのにかわりない。
あと一回くらいは、ストレス解消に付き合ってあげてもいいかな。

「――言っておくけど伊万里。申し訳ないと思うのとは別に、水原が伊万里に何かするなら黙っちゃいないよ。そのつもりで、ケンカ売ってね」

はっ……!
思考を読まれている……?!


――水原には悪いけれど、一番大事なのは、伊万里だから。


うん、椿。
彼女に申し訳なくても、そう言ってくれるのが嬉しい時点で、私も同罪だから。

偽善者にはなれないね。



 

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