flowery flower
そのとき彼は(あるいは先輩と)
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部屋に入ってすぐに、既に席についてパソコンを開いている人の姿を見つける。
いつも通りスキなく整えられた貴公子然とした彼に、まだ就業時間になっていないことを確認してからそっと近付いた。
「おはようございます、部長」
おはよう、とこちらを見ずに返す一見そっけない態度に他意はないことは分かっているので、そのまま話しかける。
「……あのですね、先輩。ちょっとした確認があるんですが」
役職ではなく先輩と呼んだ俺に私的な会話だと判断したのだろう、チラリとこちらを見上げるグレイの目には笑み。
「なんですか? 仕事の話ではなさそうですが」
ここ数日続いているご機嫌な様子にこれは簡単かも、と内心ガッツポーズで俺は続ける。
「先輩にお賃りしてる部屋なんですが、もう一人、住むことになっても構いませんか?」
――伊万里を家に招いたときから思っていたこと。
今朝、うちのキッチンで朝食の用意をしていた伊万里を見て、自分に、そう望む気持ちがあることに気付いた。
――彼女と一緒に暮らしたい。
「それは別に構いませんが、――どういう相手か聞いても?」
「あー、えー、……彼女です」
言ったとたんニヤリと口の端を上げた先輩の笑みが深くなる。
「ふうん……? 私を差し置いて彼女と同棲なんてやりますね、青磁?」
言われると思った。
「いえまだ彼女は了承していないんですけど。先に先輩の許可を貰っておこうかと」
一応、俺の住居は先輩が大家ということになるし、言質をとっておかないとね。
「いいですよ。頑張って口説くんですね、そのうち会わせて貰いましょう」
クスクスと楽しそうに笑う先輩に、俺はイヤーな顔をする。
この誰もが一瞬気圧される雰囲気がある人を伊万里に会わせたときのことを考えると……。
いや、伊万里が目移りするなんてこれっぽっちも思ってないけど、さすがに目の前でポウッとされたりキラキラした目で他の男を見つめられたらイヤだ。
“王子! 王子がいるよ、椿っ!”
コーフンしてはしゃぐ姿まで浮かんでくる。
好悪に関わらず、初めて会った相手をそういう反応に陥らせるのがこの人なんだ。
楽しみにしてますよ、と仕事に戻る先輩をうらめしく見て自分の席に着く。
今日は時間以前に出勤した様子の望田が挨拶もそこそこに突っ込んできた。
「もう同棲の算段つけてんの? すっげ、お前ら展開早くない?」
そうかな。傍にいなかった年月を思えば、当たり前な気がする。
「来月になったら結婚するとか言ってそうだな〜」
「ああ、それもいいか」
オイオイオイ、と呆れた視線を投げてくる望田も水原も気にせず、会議の準備もそっちのけで、どう同居に持っていくか伊万里の攻略方法を考え始めた。
「――少し席を外します、君たちは休憩を取ってください」
長引いていた会議が昼を過ぎるかと思われた頃、先輩――部長に受付から電話が入った、と思ったら伝言を聞いた彼は驚きに目を瞬かせ、慌ただしくそう言って、会議室を出ていく。
珍しいな、先輩のあんな様子。
思いつつ、今頃は自宅に帰っただろう伊万里からメールが入っていないか携帯を開く――来ていた。
《 晩、何食べたい? 》
用件のみの簡潔な内容に顔が綻ぶ。
頬を赤くして、拗ねたように唇を尖らす伊万里の照れた顔が見えた気がして。
――ねえ、夕食を作ってくれるってことかな。
帰ったら、いるのかな。
ただいまって言ったら、おかえりって言ってくれるのかな。
おやすみと言って今日も君を抱いて眠れるのかな?
「――もしもし、伊万里?」
四六時中、一緒にいたいなんて無茶は言わない。(思ってはいるけどね)
眠るとき、目が覚めたとき、常に傍にいるのが君ならって思うんだ――。
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