flowery flower
電話
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「私もいつもは車だから、詳しくは分からないんだけど……、スーパーならこの通りを少し行った場所にあったと思うわ」
マンションの表に出て、右側の通りを指しながらそう教えてくれる。
最寄り駅もそちらにあるらしい。
仕事場や家とは反対方向だから、近くとは言っても全然わかんないんだよねえ。
この辺りで一番近いスーパーってご存じですか、と突然訊いたにも関わらず、彼女は親切に途中までの道を歩いてくれた。
駅に行くから同じだし、と言った彼女はあのマンションの住人ではなく、知人が住んでいるだけ、らしい。
じゃあ私と一緒だな、と思ってから、もしかして彼氏かも、と見当をつける。
なんとなくね。
彼氏の部屋から朝帰り(昼だけど)ってとこも一緒だなー、なんて勝手に親しみを覚えてしまったお姉さんとはスーパーの看板が見えたところで別れた。
彼氏が同じところに住んでるなら、また会えるかも、と期待しつつ。
さて椿からメール返って来てるかな、とバッグから携帯を取り出した瞬間――まるで行動を見ていたかのように、鳴り出した。
で、電話っ?
椿??
え、なんでメールじゃなくて電話。
「もしもしっ……?」
伊万里? と呼ぶ笑みを含んだ声に、またほんの少し頬が紅潮するのがわかった。
『メール見たけど。こういうふうに聞くってことは、今日も、いてくれるの?』
――私が椿に、送ったメール。
《 晩、何食べたい? 》
用件だけの。
だけど椿はそれだけでわかったみたい。
――今日も、泊まるから。
うん、と素直に答えるのは、あれだけ拒否した手前、恥ずかしくて。
モゴモゴと不明瞭な返事をする私を、電話の向こうでまた椿が笑った。
『時期じゃないけど、鍋とか食べたいな。一人じゃなかなかしないし』
「うん、わかった。じゃあ土鍋とか買ってもいい? 家にないよね?」
あと、キッチンになかった調味料や何かを増やしてもいいかと聞くと、好きにしてくれていいよ、と嬉しそうな答え。
ああでも――、
と、続けられた言葉に、私はまた赤面するはめになる。
『うちの物を揃える、なんて楽しいこと、一緒にしたいから、少しは残しておいて?』
……耳元で甘くささやく。
仕事場で、そんな声出すな、バカ。
買い物の間中、気を抜けば緩む顔に苦心した。
仕事がごたついて、少し帰るのが遅くなるかも、と連絡があった。
私は再び椿の家に舞い戻り、買ってきたものを片付けたり、昨日は驚きすぎて出来なかった探索を思う存分してやって、寝室の一角に私の私物を置くスペースまで作ってやった。
マーキングだ、このやろ。
昨夜さんざん乱したシーツは夕方には乾いて、また乱されるのを待っている。
早く椿、帰ってこないかな〜……。
少し、うとうとしていたらしい。
観ていたDVDは既に終わっていて、テーブルの上で鳴る携帯に気付いて飛び起きた。
もう八時だ。
椿の帰るコールかも。
ウキウキして通話ボタンを押す。
「もしもし、椿――?」
『彼の仕事の邪魔をしないで』
ドクッ、と鼓動が跳ねた。
『貴女といるために無理してるのよ、わからないの?』
……ディスプレイは椿のアドレスだった。
だから、構えることなく電話に出た。
『彼女面するなら、彼の都合も考えなさいよ』
――ブツリ。
一方的に言うだけの電話は、同じく一方的に切れた。
じっ、と手に持った携帯を見つめる。
通話時間、一分。
…………はあー?
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