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彼氏と彼女(5)
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「ごめん、伊万里」

超絶苦々しげな表情で、背後霊を2体後ろに張り付けた椿が待ち合わせ十五分遅れでやって来た。

「こんばんは〜! 俺はコイツの同僚で望田洵二十四歳彼女募集中で〜す」

と、背後霊のうち男の方が椿の背中にベッタリくっついたまま愛想よく手を振ってくる。

「ごめんなさいね。椿くんの彼女にご挨拶したくって、ついてきちゃったの。彼と同じ部署で働いてます、水原です」

望田さんとやらのハイテンションぶりに苦笑しつつ、落ち着いた雰囲気の女性が彼の隣で会釈して。

ポカンとしたままの私に、椿が重ねて謝ってくる。

「ほんっとゴメン、余計なモン連れてきて……撒けなかった」

仕事が終わって直ぐに掛かってきた電話では、連れがいるなんて聞いてなかったから多分、無理矢理付いて来られたんだろう。

「いや……うん、ちょっとビックリした。松原伊万里です、どうも」

席を立って挨拶した方が礼儀的には良いのかな、と思ったけれど、微妙にタイミングを外した私は頭だけ傾けた。

「ヨロシク〜、伊万里ちゃん、伊万里ちゃんて呼んでもい〜い?」
「黙れ。馴れ馴れしく呼ぶな」

邪険に望田さんを押し退け、椿は私の隣に腰を下ろす。お邪魔しまっす〜、と遠慮の欠片もなく向かい側の席に座る彼らをジロリと睨んだ。

「お前らの同席を許すのは三十分までだからな。飯食ったらとっとと帰れ」

私が開いていたメニューを覗き込んで「何か頼んだ?」と訊いてくる瞳はいつも通り優しい。
なのに彼らへ向ける態度は私が大丈夫なのかしらと心配になるくらい冷たい。

望田さんはそんな椿の視線にも怯むことなく、チャラけた口調を崩さず彼にツッコむ。

「つっめたいな、椿ってば。そんなに彼女と二人きりになりたいのかよ〜」

「当然だろう」

ちょ、椿ってば。

臆面もなくサラリと即答する姿に私の方が居たたまれなくなってしまった。

嬉しいんだけと恥ずかしいんだってば……!



「でさ〜、徹夜で仕上げたプログラム持ってったってのに、部長ざっと見ただけでリテイク食らわすんだぜ」

あの綺麗な笑顔で一言、やり直しって言われると余計ヘコむんだよ〜、
空きっ腹にビールで酔いが回ったのか、望田さんは椿に絡みつつ仕事の愚痴を垂れ流していた。

椿はまるで気にもせず、それとも慣れているのか、彼を軽くいなして普段通りに私を構い、甲斐甲斐しくトレイに料理を取り分けてくれたりしている。

再会した当初から椿は私の世話を焼き過ぎる傾向があったので、それが彼の標準装備だと思っていた。
けれど、同僚二人がその椿を見て意外そうにしていたことから、そうでもないらしい。

正直、私の知らない仕事の話に流れがちな会話につまらない思いをすることもあったけれど、反面、社内の椿の姿を窺い知れることができて面白かった。


私の前の椿は、穏やかに言葉を紡いで柔らかく笑う、恋人になったらひたすら相手に甘い、そういう青年だ。(いや、まあ、うう、ベッドの中ではちょっと意地悪なところもあったけどさ…)

望田さんと水原さんの口から漏れる、仕事中の冷静で厳しい彼、というのがいまいち想像しづらい。
あたりが柔らかく見えてシビアなところは部長と同じ人種だよ、なんて望田さんは文句を言っていた。

ちょっとだけ、ちょっとだけだけれど。
優しくて側にいるとホッとする雰囲気のある椿だし、私にするみたいに女の子に接してると、勘違いされることもあるんじゃないかなと心配だったから。

仕事以外で女子社員と親しくすることはないことを知って、安堵する私がいた。


くっつきたてなんだよ。
余分な情報なんて、まだ要らないんだ。
お互いのことだって、今、手探りで知り合っているとこなんだから。


だからあえて、私は、今朝垣間見た水原さんの鋭い眼差しの意味を考えるのを止めたのだ――。



 

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