K to R #001
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 マイペース、というかどうも周りとテンポがずれているらしい私は、一人で行動することを好んでいる。
 休みの日は、家でずっと本を読んでいるか、新作レシピの開発に励むか、公園を散歩したり、目的もなく買い物に出掛けたりするのがほとんど。
 気ままに散策するには、誰かが一緒だと、どうも気分が乗らないというか、楽しくないのだ。
 だけど、たまには付き合えと、友人に引っ張り出されたりも、する。



「……どうも」
「……コンニチハ」
 一応、顔は覚えてた。
 だから、わりとすぐに反応できた。
 でも、首を傾げるような会釈になってしまったのは仕方がないと思う。
 映画見に行くよ! と決定事項のような連絡が友人から入ったのは、昨日のこと。
 見たかった公開作でもあったし、まあいいかとOKの返事を出して、待ち合わせを決めた。
 11時に、いつものカフェで。
 そうして時間通りに来た訳なんだけど。
 ――どうしてこの人が、友人との待ち合わせ場所にいるんだろう?
 親友の彼氏のご友人。
 以前顔を合わせたときは、スーツ姿でいかにもエリートサラリーマンって感じだったけど、休日の今日は、さすがにラフな格好だ。
 だけど、なんていうかな。こう、無駄に満ち満ちたデキル男オーラが一般人との格差を感じさせるっていうか。
 うん、何事もホドホドにを心がける私としては、あんまり一緒にいたくない人種だ。疲れるし。
 だが。
 座れば、と促され、戸惑いつつも今さら他の席に移るわけにも行かず、彼の向かい側に腰を下ろす。
 私が座るのを待っていたかのようなタイミングで、ウェイターさんがメニューを持ってきて。
 もちろんお昼ご飯を食べるつもりだったから、ランチセットにうろうろと視線をさ迷わせ――チラリと彼にも目を向けた。
 彼の前にはすでに食べ終わった状態の空の器。それも回収されて、ドリンクのみになる。
 ええー、ここで私ランチ頼んでいいのかな。
 お茶だけにしてご飯は他でいただいた方がいい?
 でも、アキちゃんが来るはずだし――あっ、そうか、アキちゃんの彼も来るんだ、きっと!
 だからこの人もいるのかぁ。
 だったら先に言っておいてくれればいいのに、もう、どうせ「あっれー、言ってなかったっけ?」なんて空っとぼけるんだろうけど。
「――Aランチ、美味かったけど?」
 頭の中で延々と親友に向かって文句を言っていると、静かな声が割り込んだ。
 きょとりと瞬いて顔を上げる。
 そんな私に「なんか変なことでも言ったか?」とでも言う風に彼は片眉を上げた。
「今日のAランチ、オススメですよ。店長の田舎から新鮮な春野菜が届いて、たっぷり使われていますから」
 迷っていたわけではないんだけど、ウェイターさんにまで笑顔で薦められ、じゃあそれでと流されてしまう。
 注文を終えて姿勢を正すと、彼はテーブルにミニノートを置いて、何やら打ち込み中だった。
 間を持たせるために、世間話をする必要もなさそう。
 私も携帯を取り出して、本来の待ち合わせ人であるアキちゃんへ苦情のメールを送ることにした。


To|アキちゃん
sub|どゆこと?
待ち合わせのカフェについたけどアキちゃんいまどこ?
アキちゃん彼のおともだちがいたけど、
今日って一緒する予定だったの?
もー、はやく来い!


 間を置かず返信が入る。


from|アキちゃん
sub|Re:どゆことー?
   (^ω^)ノシ



「???」
 まじまじとメール画面を見つめてしまった。
 いや意味わかんないから。
 遊んでないでちゃんと返事しろ、と打ち返そうとして携帯を持ち直した瞬間、「お待たせいたしました」とランチのプレートがやって来た。
 黒ゴマが香ばしそうなセサミバンズに黄色も鮮やかなオムレツ、プリっとしたベーコンのピンク、シャキシャキのアスパラの緑、添えられた春キャベツとフルーツトマトのサラダが白いお皿に映える。
 美味しそう。
 くりくりと皿を回し、ポジションを決めて写真を一枚撮った。あとでブログにアップするんだ。
 その日食べたものとか、写真とひとことコメントつきなだけのそっけないブログだけど、けっこう見てくれる人はいるみたい。
 自己流レシピなんかも載せると、試作の報告とか貰ったりして嬉しいの。
 一時中断、携帯は脇に置き、食事に取りかかる。
 アキちゃんへの文句も目の前にいる男のことも忘れて。
 サンドイッチは見かけの手軽さとはウラハラに、とても食べにくいものだ。
 中身がはみ出ないようにぎゅっと下部を押さえて、端から攻略して行く。
 トーストされたパンはサックリ生地の甘味を伝えてくる。
 ふわふわのオムレツは口に含んだとたんトロリと卵液が溢れて広がり、角切りベーコンの塩気と歯応えのあるアスパラガスの旨味も最高に美味しくて、ニンマリしちゃう。
 塩と、たぶんバルサミコ酢で軽くマリネされたサラダも、野菜そのままの風味がバランスよく感じられて好みだった。
 新鮮野菜だから美味しさ倍増なんだろうなぁ。
 パキパキした春キャベツ特有の食感を楽しみながら、味を記憶しておく。
 家でも再現したいなと思ったのだ。
 トーストサンドって意外と家で作るのは難しい。すぐパンが湿気っちゃって、固くなるし。つい具だくさんにしちゃって、かぶりつくのに一苦労だし。
 よし帰りにパン屋さん寄ろう、確か本屋さんの近くに石窯焼きの美味しいパン屋さんがあったはず。
 外はパリッと内はもちっとしたのが食べたい。
 それにしてもアキちゃん何してるんだろう、とサンドイッチの最後のひとかけらを飲み込んだあとで、友人のことを思い出した。
 アイスティーを口にして、テーブルに置いた携帯をむっと睨み付ける。
 ――途端。
 くくっ、と押し殺した笑いが聞こえて。怪訝に思って顔を上げると、笑い出すのをこらえてる、彼。
 ……この場合笑われているのは私だろうか。
 私しかいないよね。
 いきなり笑われる筋合いはないよと彼を睨むと、「あんた、顔に出やすいな。何考えてるかわかりやすい」、と悪びれた様子もなくそんなことを言う。
 馬鹿にされてるのかしら。
 少なくとも、今まで「わけのわからない女だな」と言われたことは多々あれど、わかりやすいと言われたことはない。私は単に余所事考えていただけなんだけどね。
 眉間にシワを寄せて、発言の意味を読み取ろうとする。その表情も、彼にはわかりやすかったらしい。
 「他意はないよ」と笑いつつ、彼はポケットから煙草を取り出し、訊ねてきた。
「煙草いいか」
「……どっちとも言えない」
 曖昧な私の答えに、不思議そうに眉を上げるので、説明してやる。
「タバコの煙、ダメな匂いとダメじゃない匂いがあるの。とりあえず、試しにどうぞ?」
 また面白そうに笑んだあと、加えた煙草を口にして、ライターを片手に囲い込むようにして火をつける。
 この、男の人が煙草に火をつける仕草が私は結構好きだったりする。
 指先フェチの気があるからかもしれない。
 それで言うと、彼本人はどうでもいいけど、手はかなり好み。
 長い指に、広い手のひら、ちょっとゴツゴツした骨の筋と、関節の感じがイイ。
 言わないけどね。
「平気?」
 手をクローズアップして凝視していた私は、その声で我に帰る。
 漂う紫煙は、嫌悪を感じないものだったので、黙って頷いた。
「“ダメな匂い”だったら、俺はこの煙草捨てなきゃならなかったわけ?」
「いえ、吸い続けてもいいですよ? ただ、私がスッゴク嫌な顔して別の席に移るだけのことなんで」
 好き嫌い徹底してるな、とコメントした彼は気を悪くした風でもなく、目を細める。
 なんだか反応を面白がられている気がする。
 平気だと答えたにもかかわらず、こちらになるべく煙が来ないようにする気遣いは紳士的というかなんというか。
 このそつのなさ、あちこちで女の子を惑わせているだろうな。
 だけど、なんとなく持っていた苦手意識は薄れた。
 だって、この人もマイペースな人種だ。気を使う必要なさそう。
 
 彼は煙草片手にミニノートを弄り、私は携帯でブログ更新。さっきの写真に感想をつけて、送信。
 そこで、携帯の時計表示が12時を過ぎていることに気づいて、私は本格的に首を傾げた。
 アキちゃんは何をしてるんだ。
 映画、始まっちゃうんだけど。
 直接電話するしかない? もう、電話嫌いなのにー。
 未だ現れず、連絡もない親友へ、これは文句を言い倒さないと気がすまない。と、残っていたアイスティーを飲み干して、グラスを置いた。
 携帯を再び手にする。
「――じゃあ行くか」
 へ?
 ぱちくりと顔を前に向ければ、荷物を仕舞った彼が、伝票を手に立ち上がっていて。
 携帯を開きアキちゃんの番号を呼び出そうとしていた私は、すぐには反応出来ず、ポカンとした直後、あることに気付く。
 ああっ、私のお勘定まで――!
 慌ててバックを取って、彼を追った。
 奢ってもらう筋合いはないもの!
 だけど一足遅く、キャッシャーにいる彼に追いついたときには、既にお支払は済んだあと。
 出遅れた……。
 なにが何だかわからない。
 彼は私がついてくるのを当然のように行動しているし、当の私も、彼とは知り合いに毛が生えたぐらいの関係なため、「ちょっと何どこの俺様、だいたいどーしてアナタと一緒に歩かなくちゃいけないのかなっ!」と喧嘩を売るようなことを言えもしなくて。
 そうこうするうちに映画館。
 また当然のようにチケットを渡されて、その内容といえば、観る予定にしていたものだから――ああ、アキちゃんは彼氏とすでに来ているのかもしれないと、思っちゃったんだ。
 ……もうちょっとよく考えようよ、私。
 隣り合う座席に座り。予告編も始まっていない劇場内、座席は半分ほどしか埋まってない。
 アキちゃんたちまだかな、とこの期に及んで私はキョロキョロしていた。
「飲み物買ってくるか?」
「……あ、それよりパンフレット――」
 買おうと思ってたんだ。と言う前に、彼は頷いて席を立つ。
 え、まさか買ってきてくれちゃうとか? 行き届きすぎてない、あの人。
 私も行ったほうがいいだろうか、でも荷物置きっぱなしになるし、と悩んでるうちに彼が戻ってきて、パンフレットを渡してくれる。
 ……お金……。
 映画代もだし。お昼もだし。あとで、ゼッタイ折半しなきゃと脳内メモ。
 基本的に、割り勘じゃないと嫌なの。
 男性が出してくれるなら、かわいく笑ってありがとうって言っておけばいいって、わかってるんだけど。
 貸しをつくるみたいで嫌なんだ。
 以前の彼には、強情で可愛くないって言われたけど、性分なんだもの、しょうがないじゃない。
 思い出し不機嫌になっていると隣で彼が携帯電話の電源を切っていた。
 あ、いけないいけない、と私も切って――……あれ、だからアキちゃんたちは? と窺う前に、館内が暗くなり。
 そうすると、私語なんて出来ないし、というかもうスクリーンから目を離せないから。
 二度目の一時中断。
 隣の人の存在を忘れるくらい映画に集中して、気が付けばエンドロールだった。
 映画の余韻にぽわぽわ夢見心地で歩いていると、また隣で笑う気配。
 そういえばこの人いたんだと表情を引き締めた。
 ……ええと。
 そうそう、そうだ。
「……あのですね。今日は、一体何のイベントだったのでしょうか」
 さすがにアキちゃんがもう来ないことはわかる。
 夕方だし。
 なにか用事が出来て、自分の代わりにこの人を――というのは、私の性格を知っている以上ないだろう。
 とすれば。
「今ごろか。……言うなれば、お節介な友人による、デートお膳立て?」
 予想していた答えに、私は無言になった。
「ちなみに、俺も今日あんたが来ることは知らなかった」
「……アキちゃん彼氏さんと、映画を観に行く予定だった?」
 頷く彼に、脱力した。
 ようするに、お互い、同じ手で呼び出されたのか。
「一年前女と別れてからフリー記録を更新中だったから、余計な気を回されたみたいだな」
 めんどくさくて作ってなかったんだが、と付け足して。
 いつだったかアキちゃんに言われた言葉を思い出す。
 ――ねえー、彼氏作らないのー?
 前のオトコと別れて半年たった頃、そう聞かれて、しばらくしてからこの人を紹介されたんだ。晩御飯を食べに行って、偶然、一緒になったみたいな。
 あの段階から企んでいたのか……!
「なんで今日最初の時点で言わないんですか」
「いや、映画は観るつもりだったし、まあいいかと。あんた何か面白いし」
 全く面白くないよ、私は!
「本日の諸費用を割り勘計算してください! 貸しは作らない主義なので!」
「俺は女に金を出させない主義なんだが」
「なにカッコつけたセリフ吐いてやがるんですか! 気障か!」
「面白いなー」
 キイキイいきり立つ私を何でもないように往なして、じゃあ、と彼は立ち止まった。
「次のときに、あんたが払うってのは?」
 挑戦的な、声。
 その意味を理解して、私は口を開閉した。
 ……私は一人で行動することを好んでいる。
 誰かが一緒だと、気を使って、自由に振る舞えないから。
 でも。
 今日一日、戸惑いはしたけれど、彼にはあまり気を使わなかった。
 それは、彼もマイペースだからなのか、私の一挙一動を、面白いものだと見られているからなのか。
 それを、見極めてみてもいいかもしれない。
 なによりも。
 逃げるんなら別にいいけど? みたいな瞳がムカつく。
 私は面倒事は避ける傾向にあるけれど、負けず嫌いでもあるのだ。
 頭ひとつ高い男に、視線を合わせる。
「……来月、博物館で観たい催物があるんだけど、行きます?」
 愉快そうに私を見下ろして、彼は笑んだ。
「神代康介。会社員」
「丹羽涼子。ホテル従業員」
 連絡先を交換して、改めて、自己紹介。
 はたして親友たちの思惑通りになるのかならないのか。
 今はまだわからないけれど。
 こうして、私たちは始まったのだった―――



END,and To be continued.

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