罠ウサギ #2
 
 続けて二つ目を開ける彼を今さら止めるわけにもいかなくて。
 うう、と唸りながら睨んだ。
「わかってるのっ、それ、バレンタインのチョコなんだよ」
「どれだけ鈍くても流石にわかります。――美味しいですよ?」
 当たり前だもん。
 先月から何回も練習したもん。
 お陰でちょびっと体重が……、
 じゃーなーくーてー!
 こんな風に、抱き締められながら私の作ったチョコを食べられると、期待、してしまうから。
 きっと彼は私の反応楽しんでるだけなのに。
 いじめっこモードだし、今。
 先輩として仲間として、好意を持ってくれてるのはわかってる。
 でもそれは、恋愛感情じゃないでしょ。
 ふつう、ちょっとでもそういう風に見てる相手に、こういうことしないと思う。
 だから、だから決心したんだもん。
 初めての片思い、スッキリ終わらせるために。
 来月には、卒業だし。
 もう、会わなくなるし。
 完璧にフラれちゃったほうがサッパリするから。
 そうだった。
 最初の目的を忘れてたよ。
 チョコを渡して、告白して、サヨナラするんだった。
 予定は狂っちゃったけど、もういいや。
「遼太くん」
 くい、とブレザーの胸元を引っ張ってこちらを向かせる。
 だから、そういう優しい笑顔は卑怯なの。賢いくせにわかってないんだから。
 それとも、わかってて、わざとなの?
 意地悪。
 抱き締められた腕の中は恥ずかしいのと同じくらい居心地がよかったけれど、
 終わらせなきゃ。

「好きでした。ありがとう」

「はい僕も――って何で過去形。何そのお別れムード」
 ニコリとしていた彼の瞳が一瞬で据わる。
 身を離そうとしていた肩を掴まれて、怖い笑顔で見下ろされた。
「宇佐美、先輩?」
 ひいっ……。
 またビクついた私の顎に手をかけて、視線が逃げないように矯正される。
「先輩?“でした”ってことは、もう今は好きじゃないってこと?」
「え、うん、いやそうじゃなくて、好き、なんだけど、ええ……?」
 机に軽く腰を下ろした彼の両足が私の下半身を挟みこむ。
 何気に逃げられない。
 密着が激しいんじゃない? と思う私の両手は、彼との距離を保つように目の前の胸にあててられていて。
「何が“ありがとう”なんですか」
 それは、ええと。
 今まで、好きだと思う人が出来なかった私が、初めて恋する気持ちを知ることが出来たから。
 遼太くんを好きになったことで。
 そういう気持ちを教えてくれて、ありがとう、
 ……かな?
 え、何で呆れた顔になるの。
「先輩。僕、自他共に認めるシスコンなんですよね」
 唐突な話題転換について行けず、首を傾げたまま、頷く。
 それは知ってます。

 以前、生徒会のみんなでお家にお邪魔したとき、仕事がお休みだったお姉さんに会ったことがある。
 お姉さんはお姉さんというより妹さんに間違えそうな小柄なひとだったけど、話してみると頭の回転も早くて、ちゃきちゃきした楽しくかわいい人だった。
 しっかりしていらっしゃるのに、放っておけない感じは、なんとなく小動物っぽくて。
 無邪気な笑顔は、年上の女性に失礼だけども、構いたくなる雰囲気で、彼が過保護になるのも仕方ないかなあ、と思ったものだ。
 みんなが、シスコンだって遼太くんをからかっていたけど、それはマニアックな意味じゃなくて、大事にしているんだなって、微笑ましかった。
 そういえば、彼を好きだと意識するようになったの、あのときからだったっけ。
 大事にされてるお姉さんを見て、いいなって、思ったの。
 彼に、大事にされて、いいなって。
 私も、大事にされたい――なんて思って、自覚したんだ。
「今まで彼女がいても、姉を優先してばかりで、すぐダメになったし――まあ、僕がそれ以上に相手を思えなかったから、自業自得なんですけど」
 うん。結構ヒドイよね。
 だから、私も、期待はしないの。
 お姉さんより大事にしてもらえるなんて、無理だから。
 ときどき意地悪して困らせるし、私が遼太くんにとってそういう対象ではないのは、よぉくわかってるの。
「最初は姉に似てるなって思ってたんです。しっかりしてそうなのに、パニック体質で、年上なのに可愛くて、構いたくなって、意地悪したくなって――」
 遼太くん、隠れサディストだもんね。
 とすると、そんな君を好きな私はマゾなんだろうか。
 いやいや、虐められるのは嫌だもん!
「守りたいのに虐めたい、なんて思う自分を自覚して、好きなんだって気づいたんです」
 アレ?
 ……アブノーマルだったの?
 姉弟愛だと思ってたんだけど。
 ええ、それじゃあ万が一にも勝ち目なんてないし!
 がぁん、と目を見開いていると耳を引っ張られた。
「……聞いてます? 先輩のことですよ」
「はあ?」
 尻上がりに疑問符をつけたら続けてデコピンが。
 ひ、ひど……っ!
 やっぱり違うよね、お姉さんと私じゃあ――え?

 ナニガワタシノコトナノ?

「僕が、好きなのは、宇佐美先輩ですよ、って言ってるんですが」
 半眼で睨み据えられる。
 耳を通って頭を過ぎ、その言葉の意味が巡りめぐって心臓に到達したとき――
「ひえぇ!?」
 私は仰け反ってその腕の中から逃れようとした。
 無意識。無意識だったけどね。
「遅。」
 いつの間にか彼の腕はガッチリ私の腰に回っていて。
 あのあのあの、何かこの体勢恥ずかしすぎるんですがっっ!
 私が真っ赤になってアワアワしているのを、ご馳走を目の前にした猫みたいに目を細めて見る彼。
「今日だって、奴らが何か企んでるようだったから締め上げて吐かせて、邪魔が入らないようとっとと帰らせたのは僕ですから」
 え、ええー。
 だってみんな、私が遼太くんにチョコを渡すって聞いたら、協力してあげるからってー……。
「デバガメが構えているところでいちゃいちゃする気はさすがに僕だってありませんよ、まだ」
 いやあの、まだってなに、まだって?
 い、いちゃ……っ?
 ええええー。
 頭に血が昇りすぎて目を回している私を、寄りかからせるようにそうっと包み込む、腕。
 状況についていけなくて、されるまま抱き締められていると、ふふ、と彼は笑う。
「宇佐美先輩、やっぱり可愛い。弄りたい」
 なんかアレな言葉が聞こえました!
 だめだめだめーーー!!
 もう半泣きでジタバタしていると、いっそう強くギュッとされる。
 身体越しにクスクス笑いが伝わって、私は混乱しきりなのに、どうしてそんなに楽しそうなのと恨めしくなった。
「ねえ先輩。もう一回言ってください。バレンタインなんだから」
 何が“だから”なのぉー!
 と、言いたかったけれど、甘えるような声音に負けて、シブシブ、おずおず、唇を開く。
「……す、好き、だよ……」
 返された笑顔が嬉しそうで可愛くて。
 頬を染めてぽうっとしてると、「僕も好きですよ」と、唇が。
 チュッと啄んで離れる。
 ありえない素早さで奪われたキスにポカンとしていると、その隙を突くように再び塞がれて。
 チョコレート、の味。


 初参加の、バレンタイン・デー。

 ――姉と同じくらい大事にしますから、可愛がらせてくださいね。

 なんてアヤシイことを告げる彼に、私はその日、捕まった。


END.




初出:2010/02/09 

バレンタインデーSS。
どこがSSやねんっちゅう長さに対するいつもの突っ込みは置いといて、お楽しみ頂けましたでしょうか。
遼太が思わぬいじめっ子になって長くなっちまったんだよ、なんて言わない言わない……。
タイトルはリズム感で。
ページの画像はクロリスは恋焦がれる様から頂きました。
(あ、タイトルは自分で作ったの)
バレンタインなので可愛く!
先輩の名前はこの画像を見つけたことで宇佐美に。安直。
脳内にはこの二人の先もあるのですが、形に出来るのはいつのことやらです……orz


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