At a wedding #15
 

『皆様、ご歓談中大変失礼いたします。これよりしばらくの間、新婦はお色直しのため、一時席を中座されます』
 立ち上がった鈴鹿が一礼して、エスコート役の社長に連れられて会場を出る。史鷹は少し時間をずらして退場する予定だ。
 着飾った『娘』と腕を組んでの道行きに浮かれているらしい伯父を、苦笑しながら見送った。
 このあとは、食事をしてもらいながら新婦のお色直しドレスの色当てクイズで時間を稼ぐ。
 主要な客のところへ酌にでも回るか――と腰を上げかけた史鷹は、こちらへやって来る女性たちに気づいて動きを止めた。
「お久しぶり、史鷹さん」
「本日はお招きありがとう」
「ご結婚おめでとうございます」
「安心しましたわ」
「いいお式だったみたいですね」
 取引先重役秘書という額田とこれまた取引先営業主任である狭川、双子の有坂姉妹、行きつけだったバーで働いていた仙道、揃いも揃って華やかな美女たちは、史鷹が以前付き合っていた相手だ。
 どういうつもりだと肩を揺さぶりたい彼女は、今いない。
 空を仰いで嘆きたい持ちだったが、史鷹は結局、軽く嘆息するに留まった。
 祝いの言葉に礼を告げて、疑問を吐き出す。
「――君たちも元気そうで。一体どうして、って訊ねてもかまわないか」
 おかしそうに顔を見合わせ、額田が代表してか口を開いた。
「“どうして”の意味は、私たちがここにいることかしら、それとも鈴鹿ちゃんと仲良しの理由かしら」
「……両方」
(“鈴鹿ちゃん”ときたか)
 疲れた気分で、史鷹は仙道が差し出した杯を受け取る。
 視界の端に同期たちのハラハラ、あるいはワクワクしている顔が見えたが、今は無視しておく。面白がっている奴への報復は後だ。
 双子の片割れである有森姉がクスリと笑った。
「誤解なさらないでね。私たち史鷹さんをもちろん今も好いていますけれど、それは何というか――」
「世話のやける兄? 弟? そういった感情になってますの。だから、別れたあとも貴方がちゃんと彼女を捕まえられるか気になっていて」
 姉のあとを妹が引き取って、史鷹の無駄な懸念を切り捨てる。
 この有森姉妹は、二人一度にお付き合いできる恋人を探していたのだと、些かぶっ飛んだお誘いをかけてきた相手だ。
 お互いが一番で、恋人はその次。片割れを大事にしてくれる相手でなければ付き合えない。いつもお互いが一緒でなければ耐えられないという、特殊な性癖の持ち主で、その考えを許容できる男として史鷹に狙いをつけたらしい。
 しばらく戯れると、気がすんだように去っていった彼女たちを、蝶々のようだと思ったものだ。
 あれを受け入れたあの頃の自分も相当いい加減だったと反省しながら、言い分を黙って聞く。
「貴方が付き合っている女性全てと手を切った頃、私がちょうど鈴鹿ちゃんのナンパに成功したの」
 仕事柄、来生の社屋を訪れることがあった額田は、当時受付に座っていた鈴鹿に声を掛けて親しくなった。
「私も同じような形でお友だちになったのよ。今度一緒にお食事しましょうかって言ったのが最初かしら」
 そして三人で飲み食いしているところに、双子が通りかかり声をかけて、バーテンダーをしていた仙道のところへ呑みに行って――芋蔓式に、グループができた、と。
 史鷹が因果応報という言葉で頭を一杯にしていると、悪戯っぽく狭川が指を立てた。
「私たち《史鷹さんと鈴鹿さんを見守る会》を結成していたの。――鈴鹿さんはこのことは知らないわよ? ただ普通に友だち付き合いをしていただけ」
 活動内容は月一でランチを食べに行ったり情報交換をしたり、史鷹を肴に呑みに集まったり。
 鈴鹿がどういう顔をして彼女たちといたのか気になる。
「婚約の報告をもらったときは祝杯をあげましたよ」
 クスクスと笑い声を立てる彼女たちは楽しそうだが、史鷹はちっとも楽しくない。
 交遊関係が広いのはわかっていたが、過去付き合っていた女性たちとわだかまりなく仲良しになってしまう妻を、夫としてどうすればいいのか。
 妬けよ、というのは見当違いのような気もするが――いや、やっぱりちょっとは妬け。
 気になるのは、彼女たちの前で自分の想いを露にしたことはないのに、何故当たり前のように鈴鹿に声をかけたかだ。
「俺とアイツがこうなることを予想してたのか?」
 一度特別扱いをしているところを見られた額田に関しては、わからないでもない。
 だが、それでも彼女たちと付き合っていたときは、自分自身でも鈴鹿に対する想いを自覚していなかったというのに、不思議だった。
「貴方に特別な相手がいるのは、最初からわかっていましたし」
 仙道が肩をすくめる。客に絡まれていた彼女を助けた後、なにかと話すようになり付き合いが始まったのだったか。
「胸の奥で大事に大事に鍵をかけて、閉じ込めていたのよね」
 一番侮れない相手であった額田が笑みを漏らす。
「それが誰か、って見当がついたのは額田さんに話を聞いてからだけど」
 狭川とは最初から無聊を慰め合うだけの仲だった。
「女の勘、侮っちゃダメですわ」
「それなりに見ていたら、察するものはありますもの」
「噂や、行動、視線の先を調べればおのずとね」
 女は怖い。
 お手上げだ、と手を開くとまた笑われる。
 円満に別れたあとも、こちらを気にしていてくれた理由はなんとなくわかるが、確認するような無粋な真似はしなかった。
「どうして鈴鹿ちゃんが私たちを招待してくれたかは――本人にお訊きなさいな」
「幸せそうでよかったわ」
 彼女たちが、本当に自分たちのことを祝福してくれている、その気持ちだけ受け取った。

  
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