At a wedding #13
 

『これより歓談の時間となりますので、ごゆっくりお楽しみください』
 落ち着いた通りのよい女性の声がそう告げて、会場はリラックスしたムードになった。
 静かに会話を重ねる声や、食器が触れ合う音があちらこちらで起こる。和やかな雰囲気の中、彼らも、ひとまず運ばれてきた料理に舌鼓を打っていた。
 新郎新婦のもとへ向かったり、各テーブルの知人たちと挨拶を交わす人々の気配を感じつつも、錦野(にしきの)は美しく盛られた料理に対しカトラリーを動かすことに専念する。間違っても、高砂の二人を視界には入れないように気をつけて――
「おお、すげえな嫁ちゃん、挨拶の合間に根性で食事決行してやがる」
「見事な早食い……」
「ガッついてるように見えないのがさらにすげぇ」
「それにしても幸せそうに食うなー。目ぇキラキラさせちゃって……」
 同じテーブルに着いている友人たちの会話が嫌でも耳に入ってくるが、聞かないふりを貫き、目の前の“なんとか魚のなんとか・なんとか仕立て”に向き合う。
(うん、皮はパリッと身はふっくら、魚本来の甘味を引き立てる薬味に、付け合わせの野菜も素晴らしく旨い。このソースに使われているのは何だろう、コクのあるフルーティな……)
「おい、現実逃避してないで、俺たちもそろそろ顔見せに行くぞ、錦野」
 顎をしゃくって平生(ひらお)がそう言い、錦野はビクリと肩を震わせた。腕を叩いて立ち上がるように促す嵯峨(さが)に、ぶるぶると首を振ってテーブルにしがみつき、拒否の意を示す。
「嫌だ! あんなキモイ史鷹を間近にしたくねえっ」
 婚約者――もう嫁か――と一緒にいるときの彼がどんな様子か、前々から聞いてはいたが、直接見るとその違和感は凄まじい。
 そりゃ長い付き合いだ、奴の笑顔を見たことがないとは言わない。
 だが、あんな風に甘ったるく誰かに微笑む南条史鷹というものは、錦野の辞書の中には存在していなかった。
 正直、もの凄く気持ちが悪い。戦慄を禁じ得ないほどだ。
「俺らの中で、お前が一番あいつと付き合い長いのに、なんでそうなワケ?」
「親友甲斐のないやつだなー」
「付き合いが長いからこそ余計に恐いんだろうが!」
 と、言い返した瞬間嵯峨に関節をきめられて、力の抜けた体が操られた。
 ヒョイヒョイと軽く要所に触れられるだけで、錦野の身体はギクシャクと勝手に動いて意思に反し立ち上がってしまう。
「う、うおお! バカ嵯峨やめろ!」
「ハイハイ、諦めて現実を直視しようなー」
「嫁ちゃんと出逢い生まれ変わってネジの緩んだ史鷹くんを、みんなで祝おうじゃないか」
 仕事柄鍛えている二人に両脇を固められ、インドア派の軟弱な錦野は簡単に引きずられて行く。
 ここに筧がいれば、弄られ役は分散されるのだが、本日は裏方に回っているため錦野にその役目が集中しているのだ。
 もちろん錦野だって中学以来の腐れ縁を保ち続けている親友の幸せを祝わない理由もない。荒んでいた時期を知るだけに、よかったなと思いもする。
 だかしかし、それとこれとは別なのだ。
(緩みきってデレデレの史鷹気持ち悪ィーーー!)
 どんな女にも見せなかった柔らかな表情を見て、安心するより寒気がしてしまう自分が悲しい。
 にこやかな営業スマイルで会社関係の重役らしき人物と話していた新郎が、こちらを認めてスッと目を細める。
 笑っているのに背中に氷をいれられる気分を味合わせる眼差しだ。
 そうだ、これだよこれ、間違ってもチョコレートソースの上に生クリーム盛ってキャラメルシロップかけるような目ではない。
 皮肉げな笑みに満足を覚える自分が、間違っていることは重々承知の上で錦野は思った。
「よう花婿」
「おめでとうさん」
「お、おう……」
 軽い挨拶を口にする嵯峨と平生、引きつった笑いを顔に張り付けた錦野に、新婦の興味津々な瞳が向けられる。
「……イロモノ戦隊……!」
 なんだか妙な驚嘆が聞こえたのは気のせいだろうか。クマがいれば完璧なのにー、と謎の言葉を呟く新婦を新郎は呆れた目で一瞥した。

  
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