花風 #5
コン、とガラスに何かが当たる音がして、あたしはパッと窓を振り向いた。
向かいの窓からニヤニヤしている琢磨の姿。
錯覚しそうになった。
「何でいるの」
窓を開けて言うあたしに、手を伸ばしながら、笑う、痩せた顔。
「特別に自宅療養の許可もらっちった。気分転換も必要デショ」
「……んで、あたしの着替えをニヤニヤ眺めていたのか、この変態」
「今更じゃん」
伸ばされた手に、腕を掴まれて引かれる。
いや無理、あたしは窓乗り越えられないから!
「ぎゃー! コワイコワイ! 落ちるッ!」
あっちの窓とこっちの窓で引っ張り合いっこをしていると、フワリあたし達の間に降りてくるものがあった。
「……雪……」
晴れてるのに、と思って見上げると、ハラハラ散るように白いものが降ってくる。
「風花かな」
手のひらに落ちた雪はあっという間に溶けて。
「桜、見てえなぁ」
そこにはない桜の花を見上げるように、琢磨が空を見る。
春に、なれば。
春に、なれば、
もう。
初めて、も、琢磨の部屋だった。
あの時は、してもらえなかった愛撫を今は身体中に受ける。
赤い粒を舐めしゃぶる口腔は熱く、逆に肌を這う指先は冷たい。
温度差にびくびくするあたしを可笑しそうに笑って。
果林、と名前を呼ばれる声が甘くかすれていて、頭がおかしくなりそう。
「……琢、磨っ……」
ただ名前を呼び合って、熱を交わす。
涙が滲むのはただの反射だから、ね。
「……琢磨……、たく……」
「なに……? 果林……」
「バカたく……、だいきらい……」
きらいって言ってるのに何嬉しそうにしてんのよ。
バカ琢磨。
「……だいきらい」
熱に浮かされて、あたしは封印していたはずの言葉を口にする。
琢磨なんかだいきらい。
当然のように口にしていたその言葉が最後になるのが怖くて。
言わないでいたのに。
琢磨。
琢磨。
なんで。
「……果林の泣いてる顔、めちゃくちゃ好き」
自分が泣かせるのに限るけど、と呟いて深く深くあたしのなかに。
バカ琢磨。
だいきらい。
……好き、の代わりに、
愛してる、の代わりに、
だいきらい、と言い続けて、
最後、も、琢磨の部屋になった。