花風 #3
家に荷物を取りに帰ってるおばちゃんが戻ってくる前に、行為を終えて後始末をしていると、開けた窓の外を見ていた琢磨が、ポツリと言う。
「なあ果林、何で俺の言いなりになってんの」
はあ? なに今さら。
「そもそも無理矢理したのあんたじゃん」
唇を尖らすあたしにクッと笑って、
「まぁ、あと半年の命とか言われてムカついたからな。八つ当たり?」
八つ当たりで幼なじみに手を出すのか。
最悪。
「哀れな幼なじみに同情したんですよ。冥土の土産に思い出の一つでもやろうかと」
なんて言う、あたしも人のこと言えないけど。
「子供出来ねえかなぁ……」
影も形もない胎児を愛しむようにあたしのお腹を撫でるから、不思議に思って訊いた。
「あんたそんなに子供好きだっけ?」
「やっぱ遺伝子残したいじゃん。俺一人息子だし、両親に形見くらいは、な」
琢磨の病気がわかってから、一時、おばちゃんの方が先に逝ってしまうんじゃないかというくらい、彼女の落ち込みは酷かった。
それもあって、あたしは琢磨を拒めなかったのかもしれない。
願いが叶えば。
……そんなに上手く、いかないのが、現実だけど。
「果林ちゃん、ごめんね、ありがとう。琢磨、果林ちゃんに意地悪してないでしょうね」
荷物を抱えて戻ってきたおばちゃんが開口一番そう言って、あたしは笑う。
いつも琢磨に泣かされて、おばちゃんに言いつけに行ってた頃からの、それは口癖。
耳タコになっている琢磨はぶつくさとぼやく。
「小学生じゃないんだからさ〜……」
小学生じゃ出来ないコトしてましたもんね。
琢磨が残り時間を告げられてから、4ヶ月。
あたしを抱くようになってから、4ヶ月。
さくさくと、削られてゆく、命。
「果林、明日も来いよ」
別れ際、偉そうに命じる琢磨に嫌な顔をしてから頷いてやった。
ちゃんと来るよ。
あんたの望みを少しでも繋いであげるから。
そんな、らしくない顔をしないで。
***
「たーくんのバカぁ、だいきらい!」
小学生のあたしはお姉ちゃんのお下がりのワンピースに、下ろした髪にリボンをつけて、おめかし。
確か友達の誕生日会に呼ばれていたのだ。
お姫様気分で家を出ると、そこにいたお隣の“たーくん”は、ちら、とあたしの姿を見て、鼻で笑ってくれた。
「ナニソレ、へんなカッコ。笑う〜」
おまけにリボンを引っ張って、くしゃくしゃにしてくれた。
友達の家に行く前に、せっかくのドレスアップを台無しにされたあたしは泣いておばちゃんに言いつけに行く。
いつも、そんなで。
あたしに初めて彼氏が出来そうになった時も、何の意味もなく周りをウロチョロして、いつの間にか琢磨との仲を誤解されて、フラれて。
自分は彼女を取っ替え引っ替えしていたくせに。
果林のくせに生意気にオトコ作ろうとしてんじゃねえよ、といつも邪魔されて。
「琢磨のバカ! だいっきらい!!」
二日に一度はそう叫んでた。
口癖のように言っていた、その言葉を口にしなくなって――4ヶ月。
***
「果林、あんた明日も琢磨くんのところ行くの?」
お風呂から出てくると、あたしの部屋を覗いたお姉ちゃんが聞いてきて。
「来いと命令が下っておりますからね〜」
あたしはヤレヤレと肩をすくめて答える。
「……大丈夫?」
ひっそり呟かれた言葉に首を傾げる。
大丈夫って何が?
琢磨は大丈夫だけど大丈夫じゃないし、
あたしはモトから心配されるような事は何もない。
お姉ちゃんは諦めたようなため息を漏らし、気遣わしげに微笑んで、ドアを閉めて行った。
……大丈夫?
大丈夫……?
大丈夫、
に、
決まってる。
あたしは明かりが付くことが無くなった、向かい合う隣の窓に、視線を向けた。
――窓から入って来ないでよ!
――いちいち玄関通るの面倒くせえ。
そんな、お決まりのやり取りをすることは、
もう、
ない。