*おうまがとき
 

 ――何年、何百年、毎年やってくる。
 代わり映えのせぬ、桜の刻。
 命が狂い咲く、春。
 それを美しいなどと思う心は遥か昔、遠い時の彼方に置き去りにしたのだ――

「おーぅーみっ」
 プキュキュ、と妙な足音を立てる靴を履いた小さな生き物が足にしがみついてきた。
 ヒョイと片手で持ち上げ、肩に乗せると、きゃあ、と高い声を上げて笑う。
「ご機嫌だな明日香。こら、角を握るでない」
「んむー」
「ひっぱるな」
「うぅ!」
 オモチャのような手のひらでペチリと頭を叩いてくる幼子と会話のような会話でない言葉を交わしていると、すぐ傍の叢から恨みがましい視線がまとわりついてくるのに気付いた。
「……兼英、なにをしている」
 うろんげに視線を投げると、潜んでいた人物はバレては仕方ないとばかりに飛び出して。
「きぃー! なんで明日香ちゃんてば近江にそんななついちゃってるの! 鬼だよ鬼! そいつは鬼なんだからねっ、そんな顔ばっか良い年寄りなんかにくっつくんじゃありませんっ」
 ブンブン腕を振り回し、子どものように地団駄を踏む。
 この者、外見は十代の少女の様だが(間違いではない)立派な成人男子、ついでに一児の父である。
 その愛娘の明日香は父の叱責に応える様子もなくプイとソッポを向いて我の髪をいじり出した。食うなよ?
「あああ明日香ちゃんんんっ!? パパを無視っ? そんな男のどこがいいのっ!」
「顔だろう」
 サラリと割り込んだ涼やかな声に、頭の上の生き物が喜びの声を上げる。
 片手に一升瓶を、もう片手にやけに嵩張る風呂敷包みを抱えた黒髪の女は、この生き物の母でそこの美少女まがいの男の妻だ。
「んーまっ」
「おお、明日香、いいところにいるなぁ。その調子で下界の民草を見下ろしてやるがいい」
「比佐女さん……明日香ちゃんをナニに育てるつもりなの」
 はしゃいだ声を上げる娘に慈愛の微笑みを向け吐く言葉はいささか不穏なもの。それに肩を落とす夫。
 二人並んだところを見ても、姉妹にしか見えない。
 奇妙なこの夫婦と知り合うたのは、まだこやつらが学舎の制服を着ていた頃。
 ――そして、
「ぉうみっ」
 ベチリ額を叩き、こちらを見ろと主張する生き物は、我の時間にすればほんのこの間生まれたばかりのもの。
「しゃぁーくりゃっ」
「桜、だろう」
 頭の上で、綿雲のように花を膨らませている花に、小さな手を伸ばす赤子の身体を、さらに高く持ち上げてやった。
 怖がりもせず喜び、興奮した声がしたかと思うと、バラバラと花弁が降ってくる。
「ああこら。散らすでない、哀れな」
 我の苦言にも構わずキャッキャと笑って手の届いた花枝を掴み、揺すって。
 自身も、我も花弁にまみれ、一時目の前が眩んだ。

 ――あれからもう、随分たつ――。

 戦により一族のものと散りはぐれ、ひとり古櫻の森をさ迷った。
 我々と同じく古き力を持つ古櫻は、あるいは一族最後の長である、我を救うつもりだったのかもしれぬ。
 ――ここにいれば何事にも煩わせられず、静かに眠れるぞと。
 絶えず囁きかける桜魔の言葉を振り切り、ようよう森を抜けた。
 惑わされていたのはいかほどの時だったのか。
 山を下りた我の目の前には、――何もなかった。
 守るものも滅ぼすものも全て失われ。
 焦土と血雨が広がるばかりの光景に、我は立ち尽くした。
 それから、ただ独り。
 誰かと共にいることなど、もうないだろうと――

「おぅみー、きーれー、ねっ」
 不安定な姿勢から、身を折ってこちらを覗き込んでくる、無防備な笑顔が物思いを断ち切る。
 真っ直ぐに、生命を喜んで、輝く瞳。
 言葉もろくに操れぬ赤子のくせに、こちらを掴んで離さない、魂の強さに、自然、微笑んでいた。
「――ああ、綺麗だな」
「こらー! うちの子といちゃいちゃするなこのロリ鬼! 飯にするよっ」
 いつの間にやら地面に蓙を敷いていた二人が手招きする。
「さー、呑むぞ! 実家からとびきり良い酒奪ってきてやったからな! 近江、酌しな」
 時には刃を交わす間柄だというのに、古くからの知己のように我を扱う者たち。
 彼らが存在する限り、続けられるであろう花見刻。


 ――何年、何百年、毎年やってくる、桜の刻。
 命が狂い咲く、春。

 その命は同じように見えて違うことに気付いたから――我はひとり、でも、もう独りではない――。


 fin*
初出:2010/03/26;拍手お例文
おにはうち、スピンアウトというか、近江の独白?
ヤツ一人で完結しているので、分からない部分も多々。
……雰囲気を読んで頂ければと思いますー。
そしてなぜうちにはロリコンが多いのか。
年の差が好きってそんな可愛いものではない年の差。
兼英くんと比佐女さんについてはまたの機会に!

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