はにー・むーん

*8
 
 たまたま旅行先が一緒になっただけの、いわば通りすがりの相手にフミタカさんがこちらの身上を表したのは、威圧の意味を込めてでもあったんだと思う。
 それなりの立場にあるから、面倒なことになる前に一歩引けよ、なんて、いつもなら嫌うような意思表明。
 ――でもさ、これまでの数回で理解していなきゃ駄目だったんだよね、この野郎の空気読めなさ加減を……!
 当たり障りのない社交辞令を交わしてフェイドアウトを狙っていたというのに。能天気な笑顔のまま、奴はまるでグッドアイデア! とでも言うように、提案してきた。
「明日はどこ回るんですか? よかったらご一緒しません?」
「っは?」
 今度は抑えるつもりもなく「正気を疑っていいかな、いいよね!」という心の叫びが駄々漏れた。
 いや、マジで、なに考えてるの?
 もう一回言うけど、なに考えてるの?
 マンガなら大フォントで表すとこだよ。
 当然ながら彼女さんも「なに言ってるの」と呆れていた。だがしかし、ただ一人空気を読めていない――それとも読むつもりがないのか――、「せっかく知り合ったんだしこれも何かの縁でしょー」などとお気楽に言っている。
「――先にも言ったが」
 あたしの爆裂毒吐きが始まる前に、フミタカさんの冷静すぎて怒髪天を突いているってわかる声が間に入り込んだ。
「新婚なので邪魔しないでくれないか。ろくに休みもとれなくて、やっとの二人きりを楽しんでいるんだ」
「ええー」と不満を漏らす馬鹿の頭を彼女が叩いた。
「いい加減にしなさい! 当たり前でしょう、どうしちゃったの失礼すぎるわよ」
 落ち着いた雰囲気の彼女さんもさすがに我慢ができなかったようだ。声を荒らげて怒っている。
 どうしちゃったの、と言うことは普段はまだ礼儀を備えているということだろうか。
 旅先だからおかしくなっちゃったの? 浮かれてるの?
 でも、常と違うからって昨日今日の馬鹿しか知らないあたしたちには関係ないので、わぁこの男サイアク〜と冷たい評価を下すよ。
「本当にすみません、ちゃんと注意しておきます」
 ペコペコ頭を下げる彼女さんに対しては気の毒だなあという感想しかない。
 保護者じゃないんだから責任感じることないと思いますよ。
 同情のあまり、年上美女に弱いあたしが勢い余って変なことを言い出す前にと思ったのだろうか。フミタカさんはあたしの腕を引いてそのまま歩き出した。
 引っ張られながらの「あ、えーと、じゃあ」というこちらの辞去だかなんだかあいまいな挨拶が聞こえたのかどうか、頭を下げている彼女さんと能天気に手を振っている男から視線を外した。半笑いになる。フミタカさんのこれ以上はないっていう無表情がコワイ。
 ぺたりとくっついて、ひそひそする。
「彼女と旅行来てるのにそっちのけにして他人に絡んでくるとか、いたたまれないんでやめてほしいんですけどー」
「どういう神経してるんだ、あの男」
「フミタカさんの超絶不機嫌にも気づかないってよっぽどだよね。彼女さんは普通に常識的に察してるから、とっても気の毒だし」
「愛想つかされればいいのに」
「ブラックになってるし……」
 機嫌悪く吐き捨てたフミタカさんにため息を吐きながら手を繋いでブラブラと振る。
 お邪魔虫に捕まっていた間に、日はすっかり落ちてひんやりした空気と潮の匂いが吹き付けてくる。
 昼間は日差しがあったから平気だったんだけど、うん寒いな!
 あたしは一つ身震いすると、フミタカさんのブルゾンの中に潜り込んだ。
 ミニマムだからできることだよ。
「二人羽織〜」
「歩きにくい」
 あたしたちのことを誰も知らない旅行地で、開放的な気分を味わいたかったというのに、どうしてこうなるのかなぁ。
「二人してからまれやすいって、前世の行いでも悪かったのかな」
「やめろ」
「日頃の行いはよいはずなのに!」
「その自信はどこからくるんだ」
「清廉潔白だから!」
「あとで意味調べような」
 おバカなやり取りをするうちに、フミタカさんが笑みを浮かべる。よし。
 仏頂面も嫌いじゃないんだけど、やっぱり二人でいるときは笑顔でいてほしいと思うんだ。
 ――彼女を困った顔ばかりにさせている、彼はそう思わないのかな?
 
読んだよ!

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