「早貴ちゃんごめんね、起きて」
 ぐらぐらと肩を揺すられて目を擦りながらテーブルに臥せていた顔を上げた。いつのまにか眠っていたらしい。帰ってきたばかりなのか両手に荷物を抱えたスーツ姿の篠宮さんが、少し身を屈めて私を覗き込んでいた。
「遅くなってごめんね」
 なんで謝るのかなー、寝ぼけた頭で思いつつ「お帰りなさい」と迎える。
 目が覚めきれなくて姿勢をふにゃふにゃさせていると、困ったような笑みを浮かべて、床に荷物を置いた彼は代わりに私を持ち上げた。そのまま腰を下ろした膝の上に乗せられる。
「バイト終わってから来たの? こんなところで寝ると体おかしくなるよ」
 言われた通り、変な体勢で居眠りしているうちに固まってしまった筋が軋んでいた。こわばりを解くように篠宮さんの手が私をくすぐった。
 ――彼にこんなふうに触れられるのも、すっかり慣れて受け入れてしまっていて。
 冷静な部分の私がちょっとどうよとささやくけれど、嫌じゃないんだもん、仕方ないじゃない。
 耳元に唇を当てられ、その熱に身動ぐ。
 むずがる子供のようなしぐさで身をよじった私を笑って、逃がさないためにか抱き込む腕に力が入った。
「来てたなら連絡入れてくれればよかったのに」
「んー」
 不在を知っていて部屋を訪れたのは私だし、約束もしていなかったし、今日の帰りが遅くなるのは最初からわかっていた。
 単に、最近あまり会えていなかったから、ちょっと顔を見たかっただけなのだ。言わないけど。
 篠宮さんの部屋の鍵は、彼とこういう関係になってからすぐに渡された。
 自由に使ってくれていいよ、なんてまだ付き合うかどうか曖昧な状況のときで、いくらなんでも思いきりがよすぎないかと当然拒んだ。何だかんだと言いくるめられて結局受けとってしまったんだけど。
 まあ、そのときの躊躇いはどこへやら、今ではこのように留守宅へ遠慮もなく入り込むというかたちで有効活用されているのだから鍵も本望でしょう。
 前の恋人と別れたばかりで篠宮さんとお付き合いするのは節操がないと、逃げかけたことなどなかったような厚かましい私も私だけど、そう持っていったのは本人だから苦情は受け付けません。
 というか不意打ちに私が来るととても喜ぶので、文句を言うどころか大歓迎だけども。
「早貴ちゃんがいるってわかってたら、もう少しはやく帰ってきたのに」
「せっかくのお友だちの結婚式だし、ゆっくりしてきてほしかったし……楽しかったですか?」
「まあ、ほどほどに」
 微妙な返事に首を傾ける。
 いまいちだったのかな?
 疑問が顔に出ていたのか、篠宮さんは小さく笑って頭を撫でてきた。こめかみにひとつキスを落とすと、ソファの上に私を移動させる。
「シャワー行ってくるから待ってて」
 自分の体に染み付いた煙草やお酒、他人のフレグランスの移り香が気になったらしい。
 頷いてバスルームに向かう背中を見送り――あることに気づいて私も立ち上がった。

 
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