憤りと挑発
鞭の軌道をかいくぐり、踏み込んだリーリィが腕を一閃する。
アストリッドはそれを後ろへ飛び下がることで避け、ついでとばかりに懐から投げナイフを放った。
ろくに避けもせず、細い鋭利な刃物を文字通りその身で受けとめ、リーリィは腕に刺さったそれを自ら抜き取り、返すようにアストリッドに投げつける。
マントを翻し、それを払うアストリッド。
たぶん、技能や能力体力的には一族であるアストリッドの方が優れている。
それでも、銀があることに加えて自分の体に少しの配慮も見せない戦い方をするリーリィが有利とも言えた。
すぐ治るゆうても、血は流れる。痛くないはずはない。
やのにリーリィはチラとも苦痛に表情を歪めることすらせず、動き続けている。
何でなん。
何でそないなこと出来んの。
あの男のために?
誰かを道具として使うような、あの男のために、自分が傷ついてもかまへんの?
それは隷族者だから?
命約者だから?
ふつふつと沸き上がる怒りのようなやりきれなさ。
あの男はどないなつもりやねん―――、
『リーリィ! あんたあたしが目的なんちゃうの! 他にかまけとって余裕やなぁっ』
ぎょっとするロルフを目の端にとらえたけれど、私は止まらない。ニットの襟元に手を突っ込んで、ソレを引っ張り出す。
シャラ、と軽い音をたてて指先に引っ掛かる小さな鈍い輝き。
アレイストやアストリッドが、銀を苦手とすると聞いてから着けることもなくなっていた、安物だけど純銀のネックレス。
ペンダントトップの形はおあつらえ向きと言うか、よくあるモチーフの、十字架。
アストリッドとやりあいつつ、アイスブルーの怪訝な目がチラリと向けられる。
『アルジェインみたいな純度の高いものやあらへんけど。これでも立派なシルバーや。これつけたまま、あのクソムカつく男に抱きついてきたる。あんたはせいぜいアスタと遊んどき!』
日本語がリーリィにわかるかどうかなんて、どうでもよかった。
とにかくリーリィを刺激したかった。
そうすれば、リーリィは私を追っかけてくるはず。