“彼ら”


彼の指先の下でトクリトクリと、生物としての時間を刻む鼓動が、やけにはっきりと聞こえるような気がする。
固い表情で青年を見上げていたシーアは、ゆっくりと閉じられた彼の瞳がいつもの宵闇に戻るのを確かめたあと、息をついた。
風に揺れる花たちが、二人の間の沈黙を破る。

「……それで、貴方がわたくしにそれを告げた理由はなに? 剣持て追われるとはお思いにならないの」

自ら己を魔だと述べ、更にその証拠を見せつけた目的。
神子姫の能力があったとしても、身体はか弱い娘でしかないシーアなど、片手で縊り殺せるに違いない力を持つ男は、だが、彼女に手を出すことはせず、飄々とした笑みを浮かべる。

「さて。単なる剣ごときに我々が傷つくことはないのですが……言ったでしょう? 貴女がいなければ、この国を支配するつもりだった、と」

我々がヒトの意識を操れることにはお気づきでしょう、と今さらの言葉にシーアは頷いた。

「糧を得るための特性のようなものです。生まれつき備わった魅了の力により、ヒトは我々に惹かれる。まるで蝶が花に寄せられるように――」

その花が食中植物だと思いもせず。

「そして、糧にされていることに気づかないよう、対象の意識を惑わすのは我々の防衛本能」

駆逐されたくはありませんからね、と先ほどのシーアの言葉を受けてか冗談じみた一言を付け加え、アレイストは彼女の肩にかかる髪に指を滑らせた。

「もちろん、ヒトならずとも理性はありますから、無差別に貴女方を殺めることはありませんよ。――それは我らの掟にも反するので」

皆が掟を破り、ヒトの命を奪うまでに精血を啜るようになれば、おのずと一族の存在が明らかになる。そうなれば、いくらこちらの能力が勝ろうが、数の上では圧倒的優位に立つ人間たちが勝つに決まっている。
命を危うくするまでヒトから奪わない。掟の一つ。それを破ったものは、一族の処刑者により狩り取られることになる。
人の影に闇に潜み密やかに世界に溶けこむ――そういう、種族なのだ。本来は。

「何故、貴女に、正体を知らしめたのかは」

私の共犯者になって頂きたいからですよ――複数形ではなく、“私”と言った青年に、シーアは瞳を瞬いた。

「私が幾つに見えますか、シーアどの」
「……お兄さまと同年くらいだと思っておりましたわ」

二十代半ば。或いは後半。だが、告げられたことが真実ならば、見た目通りの年齢ではないのだろう。続きを促す彼女の視線に、一応、これでも若い方なのですよと、なんでもないようなことのように答える。

「細かく数えているわけではありませんが、もうすぐ二百と五十を数えますね」


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