リースティア


本当は、わかっていたのだと、少女は呟いた。
彼が目的を持って自分に近づいたことも、彼の睦言が全て偽りだということも。

「――それでもよかったの。彼と二人でいるときは、特別な自分になれた気がしたから……」

若くして王になり、一国を統治する兄。
神子姫として、皆の敬愛を受ける姉。
その二人の妹なのに、自分には何もないことに劣等感を持っていた。
母親が違うからだろうか。
それとも自分の努力が足りないからだろうか。
だけど自分に望まれているのは、無邪気で天真爛漫、少し考えが足りないが、それ故に権力闘争とは縁のない姫君なのだ。
嫁ぐことが出来ない姉姫の代わりに、いつか政略の道具として他の国へ行くことになる。
その前に、まだ子どもの遊びですむ今だけ、初恋に目が眩んだと言いわけて、彼に夢中になった。

「その本意がどうであれ、彼といる私は特別な女の子で、必要とされてるんだって思えたの――ごめんなさい、シーア姉様……」

その浅はかな、自己満足による愚かな行いで、兄姉に――国民に迷惑をかけることになるのだ。
月のものが来ないことに気付いたとき、愕然とした。
はっきり調べなくとも、体調の変化を誰よりも理解していたのは自分自身だった。

――抱かれているときのことは夢の中の出来事のように曖昧として、確と覚えている訳ではなかったが、ただ甘やかされるのが気持ちよくて、与えられる快楽に溺れて、その危険を考えもしなかった。
彼がいれば何も要らないと、酔っていた気持ちはすぐに醒めた。
気がついてみると、眼差しひとつで自分を支配した彼が恐ろしくなった。

どこからが自分の意思なのか。

彼を慕った気持ちは本当だと思いたいのに、王族としてわずかに持っていた責任感まで投げ捨てるほどの情熱があったのか、わからない。
純潔を失ったことを隠せるわけがない。
十五になった王女に、情勢の厳しい今、いつ縁談が持ち込まれるかわからない。妾腹の妹姫は取引材料としてわずかに落ちる。
なのに更に、それに傷をつけることになったと――姉や兄に知られて、ダメな妹だと見捨てられることが何よりも怖かった。
兄姉はいつも厳しく優しいけれど、どこか異腹の自分を見放しているという印象があった。

期待されていない。

侍女上がりの妾妃が産んだ姫だから、王族として劣るのも仕方がない――そんな風に思われていると、感じていた。

だけど、リースティアが頼ったのは、結局姉だった。
六つしか離れていなくとも、幼くして母を亡くした彼女にとって、姉は母でもあったのだ。
神子姫として己を律し、王妹として兄を支え、民には慈悲深く、理知的で聡明な美しい姉。
正しすぎて口うるさく感じることも多々あったが――だけど、一番心の頼りにしているのはやはりその姉だった。
詰られ責められるのは覚悟で、姉に身籠ったことを告げ、懺悔した。
だが、姉は愚かな自分を責めることなく、逆に剣を持って彼に対峙してくれた。

自分のために怒ってくれた。
もう、それだけでいい。
疎まれていないと、大事な妹だと示してくれた。

だから、彼はいらない。

 ――自分の子ではあり得ない――

そう耳にした瞬間、切り裂かれるように傷んだ胸に、操られた恋心ではないとわかったけれど、
もう、いい。

姉や兄王がこの腹の子をどう扱うのかだけが、不安だったけれど――気を高ぶらせた妹を気遣う姉の態度から、甘えてもいいのだと思った。
この子を無事産んだあとは、兄姉や国のために、どんなところにだって嫁いで役に立ってみせる――


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