激昂

「エイスールという者は何処? 出しなさい」

白い炎のような怒りをまとった神子姫が、大人しげな美貌を冷ややかに保ったまま、彼らに用意された住居に現れたのはまだ朝早い時間だった。
連れは存在感のない侍女一人。
しかし、彼を目にしても何ら動ずることなくそこに佇む女は、主と同じく力が効かぬものかと思われた。
姫君の、静かだが神威を感じさせる琥珀の瞳に、出迎えた彼は気圧される。

人間ごときに、

そう、わずかにも怯んだ自身が許せず、視線に力を込めて制しようと思った瞬間、喉元に短剣が突き付けられた。(くだん)の侍女が音もなく側に寄り、主を守るために向けた刃に息を飲む。
ありえない。ヒトに遅れをとるなどと――

「我が姫に汚らわしい瞳を向けるな」

目立たない娘から吐き出される嫌悪に満ちた声音に、彼は固まった。
本来、彼らはヒトより優位であり、その性質から好意を寄せられることはあっても悪感情を向けられることは皆無に近かった。
このように魅了の範囲にいる者に、拒絶されることは初めてといってもよい。

「リエザ、およしなさい」

諌めてはいるが、本気で止めようともしていない姫の様子にも困惑する。
何やら、激しく憤っているようだが、この怒りを向けられる相手は自分ではないんじゃないかと調子の狂う娘二人を前に、投げやりになったところで、救い主が現れた。

「――これはシーアどの。どうなさいました、このような朝早く」
「長」
「……アレイストどの」

長の手を煩わせることを心苦しく思ったものの、安堵の息を吐く。
それとは反対に、姫の瞳に忌々しげな色が浮かんだ。
――長を前にこの態度を取れるというのも凄い。
妙な感心をしつつ、この場を長に任せることにし彼は一歩下がった。
寝起きのためか、気だるげな様子のアレイストは、長衣をゆるく留めた姿のまま、娘たちに近づく。
わざとなのか無意識なのか、青年が魅了の力を撒き散らしているにもかかわらず、姫君の態度が変わらないことに、脇で見ていた彼はほんの少し自信を回復させた。
――長にすらアレなんだから、自分の力が弱いわけではない、と。
いつの間にかまた、地味な侍女に戻り脇へ控えた娘をチラリと見て、無事で済んだ首筋を撫でた。

「エイスールが何か?」
「すっとぼけるのは止めてくださらない? よろしいからその慮外者をここに連れてきてちょうだい」

笑顔のまま交わされる、高貴な二人の会話を寒々しく感じるのはきっと気のせいではない。
アレイストに向けられるシーアの声は、激しく刺々しい。
彼女が出せ、と言っている人物の役割を考えると、どうやら妹姫に関係することのようだった。

「――立ち話もなんですから。どうぞ、中へ」
「ここで、結、構、です」

とりつくしまのないシーアの態度に、青年が苦笑する。


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