ディルナシア
訪れた客のことを先に侍従に聞き出そうと口を開けかけたとき、兄がやって来た。
「シーア、すまないね急に」
「いえ、お兄さま。お疲れでしょう? とりあえずお掛けになって」
執務室から直接来たのか、疲労を漂わせ固い顔つきをした兄を長椅子に座らせ、シーアは侍女が運んできた茶器を取り上げた。
香草茶を手ずから淹れて、兄に渡すと、ホッとしたようにその肩から力が抜ける。
「――シーア、もう聞いたかい?」
「それほど詳しくは。リースは何だかやたら浮かれていて、話にならなかったわ」
だろうね、と呟く兄も、どこか上の空だった。
「兄さま? 一体、客人とはどの様な方々なの」
この変調が謎の客人から発生していることは疑いようがない。
おっとりしてはいるが、強靭な精神力を持つ兄王を疲弊させる存在である、そのことが気になった。
「どんな……ああ、言葉にするのはとても難しいね。きらびやかで粛々としていて……あの宵闇の瞳を覗き込むだけで魂が持っていかれるかのようだったよ」
うわ言のように遠い目をして囁かれる言葉に、得体の知れない焦りが這い上ってくる。
「兄さま! そういうことじゃなくって――、」
「ディルナシア。彼らは、――彼の一族は、我が国に亡命を求めていらしたんだ」
――我々が彼らを迎え入れるその見返りに、彼らは我が国が晒されている脅威から、この国を守ることを約束してくれているんだ――
まだどこか浮遊した瞳のまま、兄はそう彼女に告げた。
この、足元から這い上がるような不安はなんなのだろう。
兄の話を聞いてから。
――否、彼の客人らが我が国に足を踏み入れた瞬間から、それは続いていたのかもしれない。
吉兆か、
凶兆か。
救いの手か、
滅びの手か。
自身の目で、確かめるしか術はない。
夕暮れに浮かんだ淡く丸い月を見つめて、彼女は宴に出る支度をするため、侍女を呼んだ。
――ディルナシア・トゥドリード・リストリアス。
国の名を、その名に持つ先王の第一王女。
まだ妻がなく、子もいない兄王に次ぐ王位継承者。
ディルナシア王女、
春の君、
シーア、
彼女の呼び名は多々あれど、一番よく人々の口に上るものは、
――神子(かみご)姫。
古来より王家に伝わる血が濃く出た一の姫は、民にそう呼ばれていた。
月を溶かした琥珀の瞳で。
悪しきものの魂(ココロ)を見透す、神の子として――畏れられながら、敬われている。
きっと、外の世界では魔女と呼ばれ狩られるだろう、そんな姫が生きていられるのは、この国が軽い鎖国状態にあるからだ。
危うい均衡。
どの国も手を伸ばしつつ、触れることができないでいる、それが崩れたら、恐らく真っ先に命を無くすのは彼女。
穏やかで、心安らぐ我が愛しき民の国。それを護るためならば、贄にだってなろう。
――魔女にだって、なってやる。
侍女の手を借り結い上げた白金の髪に、一つだけ、これからを予兆するような、血のように紅い薔薇の花を挿した。