銀傷
―― 一瞬の静寂。
次の瞬間広間は悲鳴と怒号に包まれた。
アレイストの名を呼び続ける誰かの声、忙しなく辺りを行き交う足音、ひきつったように笑う女の狂声。
床に倒れ込み獣のような苦痛の声を上げている――アレイスト。
私は、突き飛ばされて尻餅をついた格好のまま、麻痺したようにその全てを目に納めていた。
放心状態にあった私の肩を誰かが掴んでその場から離れさせようとする。
泣きじゃくるメイドさんたちを広間から出そうとするのも見えた。
――なにが起きるか――――血に餓え――――早く退避を――――汚染された部分を今のうちに――――切り離せば――――
「ッ――アア゛アァアアァアアアア――」
まるで魂を引き千切られるような声を上げてアレイストが床の上をのたうちまわる。
飛び散る腐ったような黒い血。数人が治療のため彼を押さえつけようとするものの、暴れる彼に強く出れないでいる。
「……ミッキ! しっかりして、ここから離れるよ、」
私を引っ張っていたのはアストリッドだった。
え、なんで、だって、アレイストが。
――――アレイストが。
「銀による殺傷を負った真族は治癒のために血にを求め血に狂う。今のアレイストだと、対象が死ぬまでその血を啜ろうとするだろう。ミッキがここにいちゃダメなんだよ」
焦燥を含んだ表情と声に、それで皆がアレイストを気遣いつつも、広間から出ようとしてるのか。
ボンヤリした思考がやけに冷静にその状況を理解する。
でも、――でも、
アレイストが血を必要なんやったら。
あげた方がええんちゃうの、
「――駄目だ。聞いただろう、銀による傷は――ほんのわずかなものでも――我々にとっては致命的だ――」
ましてや、アレイストは一族の血が濃すぎる。
あの傷を癒そうと思ったら、何人の命が必要か――、
私に説明するアストリッドも冷静なようでいてそうじゃなかった。
私の腕を取った手が、震えていた。
いつも、飄々として私をからかう、その余裕が、無くなっている。
アルジェインを受け取ったときの、アレイストの言葉が蘇る。
【 ――大抵の小さな傷は瞬きの間に癒えるが、銀に触れた部分は癒えることなく身を腐らせ、銀傷が全身に回ると――死に至る 】
―――死?
アレイスト……?
ふ、とさ迷う視界の内に数人に押さえつけられているリーリィが映った。
私たちに対する憎しみに染まった顔が、狂気にも似た光を瞳に宿し。
倒れ伏したアレイスト、そして自失したまま座り込んでいる私を目にし――病んだ笑みを浮かべる。
それを理解した瞬間、カッと灼熱の塊が腹を焼いた。
――ちがうやろ!
アンタがホンマに憎んどるんは、ぶん殴らなあかんのは、あたしやのうて、アレイストでものうて、
あの、アンタと命が繋がった、あの男やろ!!
「ミッキ、ミッキ立って……、早く……」
アストリッドも一族だ。だから、アレイストの今の状態が、私よりも解るんだろう。
震える手が、涙ぐんだその葡萄色の瞳が、告げてくる。
―――アレイストが助からないことを。