下ごしらえは余計です


 ええと何?
 夜がきょうディナーでヒマ?

「やるなぁ、ミッキ。何だっけ、コトワザで『虎穴に入らずんば虎児を得ず』だっけ? 自らを囮にして代表の弱味を握るつもり?」
「アストリッド? いつからいた」

ひょっこりと背後から現れた彼女に私は問い返す。

「彼がアンタをデートに誘ったあたりかな。というかミッキ、ドレス持ってんの?」

 デート? ドレス?
 さっきからあたし、クエスチョンマークが頭の中を飛び交ってるんやけど。
 ちょい待ち。

「……アスタ。アレイスト、何て言った?」

嫌な予感がひしひしと押し寄せる私に、ニンマリ向けられる友人の“楽しー!”という笑み。

「“今日、予定がなかったらディナーを是非一緒に。君の時間を俺にくれないか”」

無駄に男前声を出しながら、さっきのアレイストと同じように私の方へ身を屈め、ゆっくりそう囁いてくる。

 ははあ、ナルホド、そう言うてたんか。
 ……………。
 ………ちょっと待てー!?
 何ソレ、あたしイエスとか言うたことになっとるやん!!
 夜デート!? なんでそうなるん!!

いまさら会話の内容が分かり、青くなって慌てている私にアストリッドはニヤニヤと意味深な視線を寄こして来た。

「あの相手が相手だし、ミッキ、覚悟しといた方がいいんじゃない?」

 は? 覚悟て何の覚悟や。

今からでも断れないものかと無い脳みそを絞っていた私は、その言葉に眉を顰めて。

「明らかにこっちに好意を持つ異性と夜にお出掛け、しかもアレイストだよ? お食事して、はいサヨナラで済むと思う?」
『……何が言いたいねん』

 ヒシヒシと嫌な予感が押し寄せてくる私の低い声での問いかけに、アストリッドはトドメの一言を放った。

「勝負下着、今から用意する?」

 あほかーーーーーー!!!!



 ホンマに面倒やっちゅーねん。

あのあとアストリッドに拉致られ、彼女の寮に引っ張り込まれた私は、いま何故か全くもって自分の好みではない可愛らしいワンピースとフワリとしたカーディガンを着て、カフェテリアにいるわけです……。

 って何やねんコレーーー!
 めちゃくちゃ気合い入っとるみたいやんーー!!
 何であたしが“アレイストとのデートでうきうき(ハアト)”な演出をしなあかんねん!
 アスタのやつ、面白がりよって!!
 いくらディナーに誘われたから言うて、こんな洒落めかす必要はないんちゃうんかい!!
 あー、うっすら塗られた化粧が気持ち悪。
 こすったらアカンのやろうな、ヤッパリ。

 なんかやたら声かけられるし。
いつもは東洋の子猿なんて気にもしないくせに、化粧とよそいきのラッピング効果ってすげえ。
声をかけて私だって知ってビックリ仰天、アレイストと待ち合わせだと更に知って肩をすくめて去っていく男、何回繰り返しゃあええねん!

 嫌やけど早う来んかい、アレイストのアホー。

ブータレながら、手持ちぶさたにほぼ氷と水になったアイスティーをストローで掻き回していると。

「失礼します、ミス・アキハ?」
メモを持ったウェイターが私の所へやって来た。


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