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3年ぶりに、G10で鍋をつつく事になったと知らされたのは、つい先日の事だった。
幹事は種ヶ島、場所は広いという理由で俺と風多の家。集まるメンバーは、平等院、種ヶ島、デューク、遠野、毛利だ。それ以外は各々予定があるらしく来れないという。ちなみに俺と風多は自宅での開催となるため、参加せざるを得ない。
かなり急な集まりだったが、風多はすぐ了承していた。散らかってもいないし、土鍋もあるし、材料を皆で持ち寄ってくれれば構わないとの事だった。俺は少し不服だったが、彼の意見を尊重した。



当日の夜はすぐにやってきた。
俺は部屋の掃除を、風多はカセットコンロと鍋の準備をしていた。
フローリングの床にモップをかけながら、俺は何度も風多の方を見た。彼は俺とは違って、他の事に目移りせず作業をしていた。白いニットのセーターを腕捲りして、あれやこれやと今ある分の具材を下準備している。
その後ろ姿に、心を鷲掴みにされた。くるりとうねった銀髪が可愛らしい。小柄な体躯も、だぼっと着崩した衣服も愛しい。

「風多……。」

モップの手を止めて後ろから抱きついた。我慢できなくて、首もとに顔を埋めた。

「どうした。」

構わず、彼は淡々と野菜を包丁で切っていく。
火の通りにくい白菜の芯を丁寧に取り除く綺麗な手付きを見つめながら、呟いた。

「好き。」

ぴたりと、彼の手が一瞬止まる。が、すぐに動き出した。

「知ってる。俺も好き。」

「……好き。」

嬉しくて耳たぶを軽く食んだ。舌がひんやりとした柔らかみを捉える。
切り終わった白菜をザルに移す。心なしか、動きがぎこちなくなった気がした。

「ああ。……ほら、早めに準備終わらせるぞ。」

時計を見ると、集合時間まで20分あるかないかくらいの時刻だった。今の状態では、かなりキツキツで作業をしなければ終わらないだろう。

「…………。」

そんな事は構わないと言うべく、更に強く抱き締めた。細い腰元が砕けるんじゃないかというくらいには、力を込めた。
頭をもたげた。目線の先には、彼の綺麗な顔が映るばかりである。皆が来てごちゃごちゃする前に、充電しておきたかった。
俺達が付き合っている事は他のメンバーには内緒にしていた。“お互い減るものもないし大学も同じだからシェアをしている”と嘘をついているのだ。その為、集まっている最中にはこうして触れあったり見つめあったりする事ができない。今のうちにたっぷり触れておきたかった。

「ん……。」

風多も俺も、互いに顔を近づける。自然と唇同士が触れあった。
常に保湿を欠かさない彼の唇は、つやつやと潤っていて感触が良い。
風多は割りとぐいぐい来る。俺は舌の侵入を受け入れ、掻き回される熱さを心地よく思った。

「んん……」

息が漏れる。口の中がものすごく熱い。
包丁をまな板の上に置く音がする。利き手を腰に添えられ、引き寄せられた。何度かテンポよく、手のひらでポンポンと腰を撫でられる。俺がもっとと言わんばかりにがっつくと、風多は更に体を密着させて舌をいれる角度を変えた。


ピンポーン


インターホンが鳴った。
2人はチャイム音にぴくりと反応し、するすると舌をほどいて接吻をやめた。
誰だろう。G10の誰かだろうが、こんなに早く来いとは言っていないはずだ。19時ぴったりに着てくれと念を押したのだから。
それでもまあ、折角来たのに追い返す訳にはいかない。
俺は渋々風多の元を離れ、玄関に向かおうとした。が、後ろからパーカーの裾を掴まれて呼び止められた。
振り向くと、神妙な面持ちで彼は口を開いた。

「月光……俺はお前を裏切ったりしねえから。」

「……?」

きょとんとしてしまった。
別に、裏切られる直前という状況でもないのに、今このタイミングでどうして?いや、裏切らないと、そう言われるのは嬉しいのだが……。
戸惑っていると、俺の心の内を察した彼は、つまんでいた布を離した。

「分からなくていい。……つうか、分からない方がいい。」

とんと、背中の中心を押される。早く客を迎え入れろという事らしい。
風多がこんな事を言うのは珍しいが、ゆっくり考えるのは後にしておこう。
俺はリビングの戸を開け、ついでにモップを片付けながら外の様子をちらりと見やった。魚眼レンズの向こう側には、学生時代と変わらない容姿の種ヶ島が佇んでいる。やはりか、と見知らぬ人でなかった事に安堵しつつ、玄関のロックを外した。
ガチャリ。重めの扉が手前に開く。その向こうからは、微笑んだ種ヶ島がビニール袋を持って現れた。

「お、つっきー☆久しぶりやな!」

「ああ、久しぶり。」

種ヶ島を玄関へ入れると、再びチェーンロックをかけた。それから靴を脱いでフローリングの床を歩いた。

「随分早かったな。まだ20分もあるだろう。」

「あー、俺幹事やさかい、早めに来て一緒に準備した方がええかなー思て☆」

「そうか、それはありがたい。」

俺は種ヶ島をリビングへ案内した。彼は着ていた分厚いコートを脱ぐと、自分の荷物の傍に畳んでそっと置いた。

「……よぉ。」

俺と種ヶ島のすぐそばで、下準備済みの野菜を抱えた風多が、テーブルにボウルを置いた。

「加治も久しぶりやんな☆」

種ヶ島がにっこりと笑う。風多はその顔を見るなり、無表情のまま台所へ戻っていく。そしてまたもうひとつ、今度は少量の肉をテーブルに置いた。

「材料、かして。」

「さよか。これ、ネギとつみれ☆」

「ん。」

スーパーのビニール袋を持った種ヶ島は、風多と一緒に台所へ向かう。
横を通りすぎたとき、思わず2人を目で追った。
この家の台所は間仕切りを挟んでリビングと繋がっているが、通路にカーテンが取り付けられていて一見すると個室になっている。つまり、リビングからキッチンの様子を、キッチンからリビングの様子を見るのは難しい。
俺から見えないところで、種ヶ島は風多とキッチンに立つつもりか?と疑る。そう思ったら自然と手が伸びていた。

「俺がやるから種ヶ島は炬燵の電気をつけてこちらの準備をしていたらどうだ?」

しっかりと種ヶ島の肩を掴んでいた。
先程は手伝ってくれるのはありがたいと言ったが、風多と2人となれば別だ。そんな歯痒い思いをするなら俺がやる。

「ほんま〜?俺かて手伝いたいねんけど。」

振り返った彼は小さな笑みを浮かべていた。その表情が意味する彼の感情を、俺は読み取れない。風多の事で頭が一杯なのだ。だがそれを種ヶ島に悟られるわけにはいかない。

「なら、3人でやろう。そっちの方が早く終わる。」

目と目の距離を近付けた。別の提案、3人で仲良く準備しよう作戦だ。
しかし種ヶ島は目を細めた。何故そんなに準備に拘るんだと、そんな顔をしていた。何かあるのか、準備に執着する理由は何か、と、怪しまれているようだ。付き合っているから近づくな、と素直に言えれば良いのだが、生憎それは無理だ。
分からないくらい、ほんの少しだけ身を引いた。次は何と言えば良いのか、ちょっとの動揺が走る脳内で必死に言葉を探す。

「おい、何してるんだ?材料は俺がやるからお前らはそっちやってくれよ。」

言葉に詰まり目が泳ぎそうになった瞬間、風多が俺と種ヶ島の前にひょっこりと現れた。

「突っ立ってるだけなら邪魔だしな。ほら、持っていけよ。」

種ヶ島はカセットコンロを、俺は土鍋を無理やり押し付けられた。呆然としていると、風多はこちらに背を向けてさっさと具の下ごしらえに戻ってしまった。
俺は種ヶ島と顔を見合わせた。呆然としたまま、俺らは持っているものを炬燵の上にセットした。無言で。
しかし、セットと言っても具材の準備に比べたら、ごく簡単なものなのですぐに終わってしまう。
何かやる事はないか、その辺をきょろきょろ見た。

「……あ。」

取り皿と取り箸、それからお玉を出していない事に気づいた。俺は種ヶ島に声をかけ、食器棚を開けた。取り皿を7つ、割り箸を7膳、それから取り箸を2膳とお玉を1つ、手分けしてテーブルへ置いた。


ピンポーン


また、インターホンが鳴った。

「月光、種ヶ島、出てきてくれ。」

ネギをカットしながら風多はこちらを振り向き、玄関の方を顎で示した。手が離せないようだ。

「分かった。」

今度は誰だろうと、少しわくわくしながら突っ掛けサンダルを履いてレンズから外の様子を見た。
毛利だった。
暖かそうなダウンジャケットを着て、これまた種ヶ島と同じようにビニール袋を手に提げている。
姿を確認するやいなや、種ヶ島と目を合わせる。またチェーンロックを外して、戸の向こうの人物を招き入れた。
彼はほんのり紅くなった鼻をすすった。

「月光さん、種ヶ島さん、お久しぶりっす!」

「寿三郎、久しぶりだな。」

「久しぶりやなあ☆」

もこもこの手袋越しに、握手をしてきた。
毛利とはかなり良い仲を築いていたから、今日来てくれてとても嬉しい。種ヶ島もニコニコしながら手を握っている。

「元気にしていたか?」

また戸に鍵をかけ、靴を脱ぎ、廊下を並んで歩く。

「勿論でっせ、毎日充実してます!」

「彼女とは仲良くしとるん?☆」

「そりゃあもう!……あ、ここだけの話、この前から同棲始めました。」

「そうか、かなり順調なんだな。良い事じゃないか。応援しているぞ。」

「ふふっ、おおきにさんです。月光さんと種ヶ島さんも皆と仲良うしてくださいね!友達は大事にせんと!」

「ああ、そうだな。」

「勿論やで☆」

会話が一段落所で、リビングに入った毛利はソファへ荷物を下ろした。

「あ、そうそう鍋の汁買うてきましたよ。」

毛利は、塩ちゃんこと書いてある市販の汁を俺に渡してきた。

「足らんくなったらあかん思て2つ買うてきました。」

両手に乗せられた鍋汁の裏面を見た。
パッケージには3〜4人用と小さく表記されている。今回集まるのは7人だし、皆よく食べるだろうから丁度良いかもしれない。

「ありがとう、テーブルの上に置いておこうか。」

土鍋の隣にスープを置く。すると横に、斜めに切られたネギの皿が静かに置かれた。

「できた。あとはデュークの椎茸と平等院の焼き豆腐と、遠野の牛肉を待つだけだぜ。」

風多は俺の隣に腰をおろし、もそもそと炬燵に足を入れる。種ヶ島はその向かい側(毛利の隣)にしゃがみこむが、

ブーブーッ

座ったとたん、テーブルに置いてあった種ヶ島のスマホが振動を始めた。メールだろうか。
画面をタップしてしばらく触っていると、頭を掻きながら立ち上がった。

「篤とデュークがもう着くらしいさかい、ちょい迎え行ってくるわ☆」

スマホをスリープモードにすると、コートを羽織ながら種ヶ島はウインクをした。外まで行くつもりなのか。

「寒いんでお気を付けて!」

毛利がひらひらと手を振った。

「おおきに、ついでにお頭も探してくるわ☆」

きっちりとコートを着込み、マフラーをゆるく巻くと、種ヶ島は部屋から出ていった。

「よろしく頼むぞ。」

俺は炬燵の設定温度を少し下げながら1度手を振った。





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