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結局皆が集まったのは、集合時間を15分程過ぎた頃だった。
種ヶ島が言うには、合流する前に遠野が道に迷い、デュークと2人で探していたのだという。彼は俺らの家とは正反対の道をうろうろしていたらしい。
何をやっているのだと言いたいが、上には上がいる。平等院は平等院で普通に遅刻してきたのだ。
当然、鍋が煮えるまでの時間も押された。腹をすかせてきているからか、一同は沸騰直前の鍋をじっと見つめている。やがてグツグツという音が聞こえだして、風多がはぁ、と呆れのため息をつきながら少しだけ煮え具合を確認する。
すぐさま種ヶ島が返答をした。

「まあ、結果として集まれたんやからええんちゃう?☆」

皆のグラスにジュースを注ぎながら、種ヶ島は軽く苦笑をした。
ちなみに、今回の鍋パーティーでは、煙草と酒は持ち込み禁止である。毛利がまだ未成年の為、誤ってアルコールが混入しないように、受動喫煙にならぬようにという計らいからだった。

「注ぎおわったで。ほな乾杯しよか☆」

膝立ちをした種ヶ島が、鍋の火を止めてグラスを高々と上げた。

「皆集まってくれておおきに☆久しぶりやさかいつもる話もあると思うわ。せやから、皆で鍋つついて楽しもうって話や☆って、こないなスピーチせんでもええか。ほな、かんぱーい!」

『かんぱーい!』

ちょっとぐだぐだした挨拶の後、皆で一斉にグラスを鳴らす。それから1口ジュースを飲んで、皆で鍋の具を取りにかかった。
白菜、椎茸、にんじん、豆腐、牛肉、つみれ、ねぎ、我先にと取り皿に盛り付ける。俺はお玉でスープをよそいながら、隣で豆腐を大量に取る風多の顔を見た。
楽しそうな顔をしている。
普段、表情を大袈裟に崩したりしないのだが、横から見てもはっきり分かるほど、口角が上がっていた。
俺は素直に可愛いと思った。
反面、心の内がざわつく不快感も感じていた。それはきっと“俺ならもっと笑顔にさせてやれる”という小さな妬みからきていたのだと思う。
我ながら嫉妬深いと思った。風多に対して自分があまりできないことをされると、どうにも体の内側がグツグツと煮えるように負の感情が沸き上がる。その思いが、くすぶる線香花火のように小さく長く続けばまだ抑えられるのだが、一気に爆発してしまうと制御できない事もあった。

「……。」

箸を取った。とりあえず今は鍋を楽しもう。こんな昔の事を考えてもしかたがない。
まだ口をつけていないので、自分の箸で中身をつつく。適当にひょいひょいと取り分けて、いただきますと手を合わせた。

























鍋を食べはじめてから大分時間が経った。
あんなに沢山あったボウルはすっからかんに、鍋の中身は汁だけになった。大した食欲だと思う。人数よりも倍の量はあっただろうに、まだ足りないと言っている奴等が大半だった。俺はもう十分お腹いっぱいだったが、毛利や平等院などはまだ腹をすかせている。

「ほな、シメにラーメンでもしよか☆」

コップのオレンジジュースをぐいっとイッキ飲みした種ヶ島が立ち上がった。
何やらごそごそと自分のバッグをあさったかと思うと、じゃーんという自慢気な言葉と共にインスタント麺を取り出してみせた。

「加治、ちょお手伝って〜☆」

冷めつつある土鍋をひょいと素手で持ちながら、彼はキッチンへすたすたと歩いていく。風多は返事をせず、無言で炬燵から這い出た。

「…………。」

違和感があった。
目の前にはカセットコンロがあるのに、何故わざわざキッチンに行くのだろう。やるならここでやればいいのに。
呑気にそう考えていたが、ふとある事を思った。
待て、と言いかけたが何とか抑えた。カッとなるな、一度冷静になれ、と自分に言い聞かせた。
言葉を飲み込んだ後、開けっぱなしのカーテンの隙間から、風多の後ろ姿を食い入るように見つめた。見るだけなら誰も気づきはしないが、それこそ視線というものが具現化したら、その華奢な体躯にザクザクと刺さってしまうのではと思うくらいに、眼力をフルに発動させた。が。
カーテンが揺れた。小麦色の手が布を掴み、引っ張る。シャーッと小さな音を立てて完全な隔たりができてしまった。

「……ちっ。」

誰にも気付かれないように舌打ちをした。ごく小さな音が俺の耳にだけこだまする。
やはり、俺の見えないところで風多に何かするつもりなのだろうか。そう考えなければ、違和感の目立つ彼の行動の理由がわからない。先程準備に取りかかるときの事も思い出した。
怒りと嫉妬は余計に俺の心とやらを包んだ。ドクドクと早くなる心音と、煮立つような怒りの渦がそれを裏付けている。
しかし、ここで暴走しても皆に迷惑がかかるだけである。鍋パーティと言ってあるのだから、皆はこの会を楽しんでいる事だろうし、邪魔をする気は更々ない。
落ち着け、ただ一緒にラーメンの準備をしているだけだろう?やましい事などないじゃないか。
興奮状態になりそうな自分の体を抑えつけた。太ももを思いっきりつねりながら、息を吐き出す。



何とか落ち着けたまま数分経つ。ようやく感情が凪ぎになった頃、風多がリビングから出てきた。

「ラーメンできたぞ。」

布巾越しに熱々の土鍋を持って、風多が現れた。火の着いていないコンロにどかりと置くと、それっと声をかけながら蓋を取った。もわもわと上がる蒸気の奥に金色の麺がたっぷりスープに浸かっていた。とても美味しそうで熱そうな塩ラーメンだ。

「おーー!」

キラキラした目で中を覗き込んでいた毛利が満面の笑みで取り箸を掴んだ。出来立てのラーメンに箸先を突き刺して掻き回す。つるつるっと滑る麺に苦戦しながらも、何とか取り分けていた。
他の皆もラーメンを取ったりすすったりする中で、俺はスープだけお玉ですくった。何だか食べる気になれなかった。
時計を見る。もうすぐ21時半だ。何だかんだ言って思出話も織り混ぜながら食べていたから、時間が経ってしまっていても仕方がない。
スープを口に運びながら、空になった自分のグラスを見つめる。


「あー!」


突然毛利が大きな声をあげた。かと思うと、一気にジュースを飲み干してラーメンをすすり始めた。

「どうしましたかなぁ。」

慌てすぎて噎せている彼に、デュークが声をかけた。鼻から麺を出すような勢いで取り皿の中を飲み込むと、また急いで上着を羽織って鞄を掴んだ。

「今日俺バイト22時からやってん!すんませんけど急いで行かな!」

毛利のバイト先は俺の家から丁度30分弱のところにある。今から行ったら本当にギリギリだろう。あと5分思い出すのが遅れていたら遅刻は確定だった。
もこもこの手袋もしっかりはめて、忘れ物がないかチェックしている。危うくスマホを忘れるところだったらしく、炬燵の上に置いてた端末をひょいと掴んだ。

「さよかー、毛利おらんくなると寂しいけどしゃーないわなあ。」

ドタバタと部屋の中を駆け回っていた毛利は最終確認をすると、ドアに手をかけながらペコリと礼をした。

「すんません皆さん!ほなまた会いましょ!今日はおおきにさんでした!」

「こっちこそ合間縫ってきてくれておおきになー!ほなまた☆」

種ヶ島は立ち上がり、毛利の事を玄関まで見送っていた。







それから皆が解散するまでに時間はかからなかった。
遠野は恋人から呼び出しをくらい、デュークは妹が熱を出したと帰ってしまった。平等院はしばらく居座っていたものの、鍋の中を空にした後眠いと言ってやはりふらふら帰っていった。
残ったのはこの家に住む俺と風多、今回の鍋会の幹事である種ヶ島の3人だった。
俺達はひとしきりゲームなんかをして楽しんでいたが、3人はやはり少ないようですぐに飽きてしまった。それに、さっきの事で種ヶ島に疑惑を抱いていたというのもあって、気は抜けなかった。トランプをしていた時も、ソシャゲでマルチプレイをしていた時も、俺はずっと種ヶ島を監視していた。その事に風多は気づいていないらしく、じっとスマホの画面を見つめていた。

「…………。」

ちょくちょく水分をとっていたからか、トイレに行きたくなった。
生理現象は我慢するとろくな事がない。俺は一言「お手洗い」と残して席をたった。
トイレはリビングを出てすぐ左の向かいにある。なるべく早めに戻ると決めて、リビングを出た。

用を足して手を洗い、充分に乾かす。ドアノブを捻って便所から出た。
早足で廊下を進みリビングへ戻ろうと、ドアの取っ手に指をかけた。
その時微かに声が聞こえた気がした。呻くようなそれが風多の声だと、俺はすぐに気づいた。
ドアを勢いよく開ける。信じられないものを見た。一瞬何をしているのか分からなかったが、それは初めのうちだけで、見たもの聞こえたものが繋がった瞬間、ガラスが砕けたように自分の中の理性が崩れ落ちる。



種ヶ島が風多の口を手で塞いで


首筋に口づけをしようと


顔を近付け


妖艶で淫らな瞳は


俺の方を向き


口の端を釣らせてニコリと……
























「ーーッ!!貴様!!」

俺は無我夢中で突っ込んだ。種ヶ島の顔面を思い切り殴った。骨が接触した鈍い音と短い呻き声が上がった。体勢を崩して床にどさりと倒れ込んだ拍子に、風多の口から掌が離れる。俺は風多の様子を確認すると、ありったけの憎しみと力を込めて床に転がる男を蹴った。うつ伏せになったソイツは、爪先がめり込む度に咳をしたり体を揺らしたりしている。だが蹴りまくっても怒りはおさまらない。馬乗りになって殴りまくった。自分が今どんな目を、どんな顔をしているかなど気にせず、ひたすらに殴った。ただただ溢れるこのドス黒い感情を、制御できない体は良い様に利用している。考える間もなく殴り続けられる。ずっと無言で、殴る事に徹した。
背後から風多に「おい!もういいから!」と止められた。脇から腕を通され、手の動きが不自由になった。そのまま俺は引き剥がされた。まだ沸き立つ憎悪と嫉妬と怒りは、俺の体をめちゃくちゃに暴れさせた。拘束されていようとも、アイツをまだ殴ってやりたかった。

「月光!お前一旦落ち着け!」

耳元で叫ばれる。一瞬怯んだが体はなおもじたばたと暴れたがった。空をめちゃくちゃに蹴り回し、フーフーと威嚇している狼のように息を荒げていた。興奮。感情に身を任せて、脳はまるきり仕事をしていない。風多の制止がなければ、きっと包丁をも持っていたかもしれないだろう。
対して種ヶ島は冷静だった。イモムシが這うように非常にゆっくり起き上がると、痛むであろう体の節々を押さえて1つ咳をこぼした。

「…………ふっ、はは……やっぱり自分ら付き合うとったんやな……道理で加治に近づくと……つっきーが突っかかる訳や……。」

噛みきれた口の横から血が垂れている。小麦色の手で深紅を拭うと、また気味悪く笑った。

「貴様ッ……風多に何をしようとした?!」

前のめりになる俺の胸板を、風多は必死に押さえつける。決して接触させまいと踏ん張っている。

「答えろ種ヶ島!」

「別に?何もせぇへんよ、……カマかけただけやねん。……ここまで怒り狂うとは思っとらんかったけど……。」

「嘘だろう?!あからさまに襲おうとしていただろうが!」

左肩をゴキゴキと鳴らして立ち上がる。かなりのダメージを受けたらしく、前屈みで持ち物を取りに行く。

「今日は……もうおれへんな。帰るわ。」

コートを掴み足を引きずってリビングから出ていく。

「二度と来るな!風多にも近づくな!」

早く帰ってしまえ。本当は、扉をくぐり抜けるその背中をもう一発蹴ってやりたかった。無論、風多はそれを許しはしなかったが。
やがて、壁を隔てた向こう側で、ガチャンと戸が閉まる音が響いた。俺は玄関の方を見つめ、気の済むまで拳を床に突き立てていた。















完璧に落ち着くには時間を消費したが、カッと頂点に達した負の感情は、割りとすぐにスルスルと戻っていった。
その後で、風多にある話をされた。“アイツに告白された”という話だった。
どうもアイツは風多に本気の恋をしていたらしく、俺と同棲し始めた頃からそれは始まっていたと風多は話す。
最初は正攻法らしく、直接会って付き合ってくれと言われたが、勿論風多は承諾せず、それは無理だと言ってその場はおさまった。
しかしだ、徐々に異変が起こる。町に出るたび偶然を装って声をかけられ、何度アドレスを変えてもメールを頻繁に送られ、しまいにはストーカー行為までされだしたと、風多は恐怖に歪んだ顔で告白した。それから、“アイツは自分なら落とせるという揺るがない自信があった”とも付け加えた。

「メールが来たんだ。“顔も悪うないし性格も悪ないのに、何であかんの?俺なら絶対幸せにする自信ある。それなのに、何でそんな拒否するん?”ってさ。鳥肌が立ったぜ……自分が嫌われてるって自覚がねえんだ。」

風多のスマホには、確かにそんなようなメールがいくつも来ていた。物の分からぬ輩に粘着されていた決定的な証拠を見て、俺の中でまた怒りが渦を巻く。

「それから3ヶ月くらい、ストーカー行為が続いて、その後に今日の鍋の誘いが来た。同時に承諾しなかったらどうなるか分からねえぞ、みたいなメールも来た。
俺には……誘いに乗るしか方法はなかった。アイツは、俺が誰にも相談していない事を知っていたからそれも脅威だった。行動もなるべく種ヶ島の意思に沿うようにしねえと、下手をしたら、月光に被害が及ぶかもしれねえと思った。でも、幸いだったな……お前が手を出すまでは何もなかった。」

風多は動揺していた。俺は震えるその手を握った。
大変な恐怖だろうに、風多は相談するどころか俺の身も案じてくれていた。申し訳ないと同時に、頼りなくて済まないと、謝罪した。
彼は首を横に振った。俺にも悪い部分があったと、正座をしたまま頭を下げてきた。

「もっとお前を頼れば良かったな。2人で備えていたら、気の持ち方も変わっていたかもしれねーし……。」

普段は取らないような謙虚な態度に驚いて、とるものとりあえず頬を挟んで上を向かせた。今回はどちらが悪いとかではない、原因は別の人にあるのだ。

「頭を下げないでくれ。黙っていたのには理由があったんだろう?それなら何も言わないし、俺にも責任があったから強く言えない。これからも俺が傍にいてやるから心配するな。」

「…………月光……ごめんな、ありがとう。」

風多の腕が俺の背中に回り、抱き締められる。暖かで心地のよい恋人の抱擁。俺はすぐさま抱き締め返す。
しばらくの間、互いに背中をポンポンと撫で合っていたが、数分経った後、胸の中で風多がもぞもぞと動いた。

「…………ありがとう、もう大丈夫だ。ちょっとトイレに行ってくる。」

スリッパを履いて、おもむろにトイレに向かった。
丁度風多が部屋を出たと同時に、彼のスマホが振動した。一瞬ためらわれたが、手にとって操作する。迷惑ボックスにメールが来ていた。まさかと思って文を開く。本文を見た瞬間凍り付いた。


“諦めた訳やないで”

言わずもがな、差出人は種ヶ島だった。
背筋が冷えたと同時に、腸は煮えくり返っていた。
少しの間その文面を見つめていたが、無言でメールを消去する。憎しみ、怒り、先程感じた全ての負の感情を込めて、ボタンをタップした。


END


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“本編を無視したキャラによるフリートーク”という名の後書き(見たい方のみどうぞ)→



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