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ただ、うつ向いてスマホをいじって、時折手に持った缶コーヒーを口に含む。じわりと苦味が広がり次いで甘味と酸味が後味として残る。
星が微かに見えるくらいの夕暮れ時、俺は電車を待っていた。早く家に帰って布団へとダイブしたい。そしてそのまま寝たい。大学で疲れきった体を早く癒したかった。あと5分ほどで各駅の列車が停まる。ただ並んでいるだけの時間ほど退屈なものはない。
アナウンスが入った。女性の声で特急列車が通過しますと言う。これが通過すれば、目当ての電車はやってくる。
またひと口、缶をぐいっと傾けた。やがて物凄い速さで駆けてくる列車の頭が見える。
その時だ、目の前で同じ各駅の電車を待っていた女性が不意にふらりと歩き出した。茶色い長髪を靡かせて、ブランドもののバッグをドサッと落として黄色い点字ブロックを跨ぐ。それは一瞬の事で、何をするのかに気付いた時にはもう遅かった。紅く、紫がかった夕焼けの空に茶髪と白い肌が落ち行く様がくっきりと映える。

パァァアアアーーーン!!!

運転手が警告音を鳴らす。呆然としている俺の隣でサラリーマンが手を延ばすのも虚しく、女性は列車に激突した。
ダァン!とぶつかったかと思えば窓ガラスがヒビで白く濁る。凄まじい衝撃で女性の左肘から先がホームへと吹っ飛んできた。ぼとりと落ちた血まみれのそれを見て、女子高生が地べたに座り込み発狂する。一瞬遅れてビチビチッと顔に何かが当たった。触ってみると、それは細かな肉片と血液だった。指に濡れた真っ赤な液体を、ずっと凝視していた。
打ち付けられた後に車体の下へ巻き込まれたのか、骨が砕ける音と内臓が破裂する音、そして人間という肉の塊が車輪に轢き潰されてぐちゃぐちゃに分解されるような音が耳を突き抜けた。
やがて列車は停まったが、血痕が至るところに飛び散り、肉片が擦り付けられている。どよめく男性、嘔吐する女性、中には気を失う人もいた。ざわめきと非常ブザーと悲鳴が絶えない。ただの駅は一瞬にして阿鼻叫喚と化した。

救急車が到着したのは5分後の事だった。その更に3分後にはパトカーが駆け付けた。ブルーシートが広げられ、後処理が進む。女性は助からなかったようで、彼女を現場から運び出した救急隊員達は顔を曇らせていた。
俺は目の前で飛び込みを目撃したということで、周りの複数人と一緒に警察からちょっとした事情聴取を受けた。その最中、神妙な面持ちの女性警官から鏡と濡れたハンカチを渡された。どうやらまだ頬に血肉がこびりついていたらしい。鏡を見てみると思ったよりも赤黒いものが顔中に飛び散っていた。
事情聴取が終わると、駅員に声をかけられた。何でも、血を浴びたままボーッと立っていたものだから、気が狂ったのかと思われていたらしい。申し訳ないがそんな事はないときっぱり言っておいた。
不意に別の駅員が事故の事を話しているのを聞いた。彼女が落としたバッグから遺書が見つかった、と。あれはどうやら自殺だったようだ。その事実を知って、俺は震え上がった。


振り替え運行での帰宅途中、何もなかったようにつり革に掴まって突っ立っていたが、内心ではすっかりあの光景に心を奪われてしまっていた。目の前で電車に飛び込んだ女性。砕け、飛び散る肉体の音。飛んできた左手。ぐしゃぐしゃになったフロントガラス。ため息が漏れた。彼女の勇気が羨ましかった。あんな勇敢な事、俺には到底できない。
血の生ぬるさを思い出す。生から死に変わる瞬間の温度。羨ましくて羨ましくて、いつの間にか拳を握りしめていた。何度も何度も頭の中を同じ映像が駆け巡る。
きっと、今日家に帰って夕飯を食べても風呂に入っても、この感情は消えないだろう。眠っても翌朝目を覚ませばまた思い出すだろう。一連の流れと一連の感情を。

羨ましい
素敵
憧れる

俺も、あんな風にスッと逝けたら……。
電車にぶつかる感触を想像してうっとりした。己の体が潰れる姿は何と美しいのだろう。スマホを取り出して、電車の飛び込み自殺の動画と写真を漁りながら帰宅した。




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