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毛利が喉の痛みを覚えたのは、風の冷たい朝の事だった。
起きてすぐに咳き込み、イガイガとした不快感がだるさと共に襲ってきた。あれ、と思う間もなくぞくりと寒気がする。思わず体を両手で包むようにして温めた。
暖房はタイマー設定にしていて、今もぽかぽかと部屋を温め続けている。傍には毛布もあるし、寝巻きも冬用で温かくない訳がない。なのに何故こんなに寒いのだろう。垂れてくる鼻水をすすりながら、毛利はまた布団を被った。
羽毛布団を頭まですっぽり覆わせ、反射的に出てくる咳を圧し殺しながら再度眠ろうとすると、きぃ……と戸の開く音が耳に入った。

「寿三郎、朝飯ができたぞ。」

声の主は、早起きをして朝食の準備をしていた越知だった。腰にエプロンを巻き付け、フライ返しを片手に、毛利を起こしに来たのだ。
戸の隙間から、廊下の冷たい空気が一気に部屋に流れ込んできた。氷点下とまでは行かずとも、冬の朝の寒さは言わずもがな。冷気が床を這ってくるようだ。
ぶるぶるっと身震いした毛利は丸く縮こまって答えた。

「すんません……俺もう少し寝とるんで、月光さん先に食べとってください……。」

がらがらとした声だった。痰が絡んでいるのだろう。老婆のようにしゃがれた声だったので、風邪を引いている事がばれたかと思ったが、彼は鈍かったようだ。

「……そうか。あまり遅くならぬ内に降りてくるように。」

越知は気づいていなかった。
やれやれとでも言うように静かに戸を閉めると、とんとんと階段を下る音が遠ざかって行く。それを聞いて毛利は一先ず胸を撫で下ろした。その心情は、越知にだけは風邪を移したくないという想いから来ていた。
熱っぽい額に手を当てる。氷水に浸けたような手先が気持ちよかった。それと喉が痛むので、ベッドの脇の棚の飴に手を伸ばした。包装をぴりりと破って、中から出てきた蜜色の球体を、ころんと口へ放る。包み紙を捨てに行くのが億劫だったので、仕方なく枕の下に隠した。
林檎味ののど飴を舌の上で転がしながら、体を横に向けた。毛布の温かさと風邪の寒気と、それと眠気が体を包む。うとうとしながらもリモコンを掴んで、テレビの電源を入れた。静かな部屋は居心地が悪いのだ。
それでも音が少しうるさく聞こえるので、テレビの音量を下げつつチャンネルを変えた。土曜の朝の、お馴染みのニュースがやっている。
若い女性アナウンサーが美味しそうにグルメリポートをしているのを見て、毛利はため息をついた。いつもなら美味しそうに感じられるのに、食欲がないせいか、彼女の食べているサンドイッチに興味が沸かなかった。

(……あかん、寝よ…………。)

料理が美味しそうに見えないとはそうとう参っているようだ。
アナウンサーが肉を頬張る姿を見次第、目を閉じた。











眠り始めて数十分経ったのだろうか、何か冷たい感触がした。ひんやりと氷のような物が額に乗っている。熱っぽい頭には冷たさが心地よい。頭痛がしなくなったので、目をゆっくり開けた。

「……目が覚めたか。」

「…………っ??」

痰の絡んだような声が口から出た。半開きの眼をしきりにぱちぱちさせる。口から垂れた涎を指で拭った。
何故越知が枕元にいるのだろう。まず最初にそう思った。夢でも見ているのだろうか、寝ぼけた頭では思考回路が回らなかった。
枕の横の椅子に足を組んで座っていた越知は、深く息を吐くと共に頬に手を当てた。食器を洗ってきたのかその手はひんやりとしていた。皮膚が密着して、ぴたりと吸い付くように冷たさが吸収される。

「体調が優れないなら素直に言え、馬鹿者。」

人指し指で、鎖骨の間を軽くこんと小突かれる。文末に馬鹿とついてはいるものの、怒気を孕んだものではなかった。

「……寝室にタブレットを忘れたから取りに来てみたらこの様だ。驚いたぞ。」

呆れながらも髪を手ぐしで梳いてやると、毛利は力なくへにゃっと笑った。喉が痛いのか、すんませんと、がらがらとした小声で呟くよう言った。
それを聞き取った越知は、細やかな質の髪から手を離した。そうして、起きられるか?と背に腕を回してやる。

「卵粥を作ったのだが、食べられるか?」

越知の横を見ると、いつもはスタンドライトの置いてある台に、湯気の出る小さな器が乗っていた。鼻が詰まっている為、美味しそうな匂いは感じ取れなかったが、見ただけで少しよだれが出てきた。
最初は風邪菌を移したくないと隔離していたが、それは無理なようだ。一度気にかけたら離れないという彼の性格を重々理解している毛利は、ふふっと笑って首を縦に振る。
越知は大きな手で器を包むように持った。蓮華を握り、米を冷まそうとかき混ぜる。その間毛利は目を煌めかせながら待っている。やがて程よい温度になると、越知は一口分掬って、口元に近付けた。
毛利は大きく口を開けて蓮華をくわえた。途端に吹き出す。

「ェ゙フッ……あづッ……!」

思ったよりお粥が高温だった為か、毛利の猫舌は耐えられなかったらしく、ぶはっと音がしてお粥が飛び出した。半分の米は宙を舞い、少しは気管に入り込み、数粒が越知の顔面に付着する。
げほげほと時折えずくように、咳き込み出す毛利。体が激しく前後に揺れた。目をきゅっと瞑って、口元を押さえている。
見かねた越知は、顔に米と卵が着いたまま、顔を赤くして咳き込むその背中をゆっくり擦ってやる事を優先させた。器を一旦置いておき、万一戻した時の為、ビニール袋も預けてやる。ただでさえ喉が痛むのに、加えて咳となれば痛さも倍増してしまう。毛利の咳が治まるまでずっと背中を撫でてやった。

「済まないな、お前の口に合うほど冷めきっていなかったか。」

顔の米粒を自分の口に放る。
咳が治まってくると、頭に手を置きぽんぽんと髪を絡めるように触れた。

「大丈夫でっせ、俺も吹き出してもてすんません……。」

目尻に溜めた涙を指で拭いながら、ぶるぶると横に首を振った。結局使わなかったビニールをたたんで枕元に置くと、一息着いてお粥の器に手を伸ばしたが止められる。

「待ってろ、もっと冷ます。」

遮った手が、器を掴んで持ち上げた。混ぜるたびに蒸気が上がり、それを消すように息を吹き掛ける。

「……今度は大丈夫だろう。」

あまり湯気が出なくなった器をかき混ぜ、越知はまた蓮華をくぐらせた。食べやすいように背中を支えてやり、あーん、と口を開けるよう小声で言った。
再び口を開け、ぱくりと粥を頬張る。今度は充分冷めていたのか、もぐもぐと美味そうに咀嚼していた。

「流石月光さん、お粥美味いっす。」

先程までの食欲不振は、風に飛ばされたように無くなっていた。鼻づまりのせいで風味は今一欠けているが、それでももりもりと食い気が沸いてくる。
一口、また一口と、ハイペースで食事を取る恋人の姿を見て、越知は安心したように頷いた。


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