「おれ、じゃ、興奮できませんか……?」
やっと芯を持ち始めたペニスを口から一旦離し、臨也は顔を上げた。荒くなった息のせいで語尾が弱くなっていたが、四木を見る目付きは変わらない。
四木は書類に目を通しつつも、やっと変化を示し始めた自身とそれをくわえこむ、青年と称すには幼い子供の姿を交互に見た。
臨也のフェラチオは決して巧いわけでは無かった。だが、取り立てて下手ということもない。まるでアダルトビデオのトレースをしたような動きは、普通ならそろそろ射精の兆候が見えてきてもおかしくはないだろう。
だがしかし、四木にはそこまでの興奮が感じられなかった。
相手が臨也だということは大きいかもしれないが、元々性欲がある方でもなくこの世界で言うところの『接待』の類いでも、そこまでの興奮はしたことがなかった。恐らく、感情面での問題なのだろうが対した弊害があるわけではなくセックスすればそれなりに満足する。
よって、臨也の問いは当たらずとも遠からずだった。ーー本職の風俗嬢ならばともかく、素人の子供に口淫をされたところで正常な男ならばそこまでの興奮はすまい。
四木がぼんやりとそんなことを考えていると、臨也は再び四木のペニスを口にくわえ亀頭に吸い付きながら目を附せた。
眉目秀麗と称されるキメの細か肌に長い睫毛が影を作り、やはりそれなりに下手に女々しい男よりも見られる顔である。しかし四木の興奮要素にはならない。
それでも臨也は、蟻の戸渡りを丹念に舌でなぞり、柔らかい淫嚢に吸い付く。ペニスを喉奥まで飲み込むと、顔にちくちくと陰毛が当たり不快だったが、その感情を押し殺した。
ようやく硬く、大きく立ち上がり始めたそこをぴちゃぴちゃと音をたてながら尿道を舌で抉るように舐めると、生理反応で勃起したペニスの先端から透明なカウパー液が滲み出てくる。
「……ん、」
臨也はそれをぱくりと亀頭ごと口に含み、じゅぷじゅぷと喉の奥まで勃起したペニスを頬張った。
「く……」
軟口蓋でやわやわと締め付けながら先端の先走りを飲み込もうとするが、それによって忘れかけていた吐き気が再来してくる。苦しさに思わず四木のスラックスを握りしめ、くわえたペニスを吐き出しそうになるがむかつく胸をどうにか抑え、舌を動かした。
「折原さん」
「…………っぁ」
不意に、指先が白くなるほどスラックスを握りしめていた臨也の手の甲を、ごつごつと骨ばった不健康そうな四木の掌が撫でる。その感触にびくりと肩を震わせ、臨也はくわえたペニスから口を離した。そして全くの無意識下で零れた自分の声に悚然とする。
「申し訳ありませんが、あまり握りしめないでもらえますか?」
ーー皺になるので。
四木は簡潔に一言だけそう言うと、臨也の手を己の掌で包み込むようにしてスラックスから取り離した。包み込まれた生暖かい掌の感触に、ぞくりと臨也の背筋が粟立つ。
ーーまさか自分にマゾヒズムの気があるとは思いもしなかった。
触れられた掌は予想外に温かく骨ばかりの乾いた自分の甲を、まるで子供にするように優しく包み込まれる。その感触に手の力が抜け、四木にされるがまま両手を握られていた。
「ん、……は、ぅ」
「いい子ですね」
「っぁ……」
ふと見ると、高そうな仕立ての良いスラックスに細かな皺が寄っている。
顔を上げるとあくまでも冷静に臨也を見つめる四木と目があった。その、こちらを見ているようで見ていない目が堪らない、と臨也は思う。ぞわぞわと背筋を嘗め回すような感触に、臨也は吸い込まれるように再び四木の股間に唇を寄せた。
柔らかな唇が四木の熱を持った性器に押され、ふにゅりと歪む。(……こりゃあ……)
ーー折原を知らない奴ならほだされるかもしれねぇな。
確かに、まるで飴でも舐めているかのように口いっぱいに男性器を頬張る姿はまだまだ幼い15、6の子供に見えるが、臨也がしゃぶっているのは紛れもなく成人した男のーーそれも40代も半ばのーーぺニスである。
(……まだ餓鬼じゃねぇか)
浅く呼吸をしながら唾液とカウパー液を舌でかき回すように、ぐちゅぐちゅと音をたてる臨也の黒髪に手を伸ばし、どこか複雑な心境で眺める。そうしているとますます興奮は覚めていく。
四木は小さく溜め息を吐き、デスクの引き出しから煙草の箱を取り出してくわえた。
(こりゃ煙草でもやらねぇと、やってられやしねぇ)
ーー間違ってもインポだなんだという噂を流されてはかなわない。最も、臨也の情報を買うに値すると判断したのは上層部であり、この少年がそのような不確かな情報を流すとは思えないが。
「………、む」
たっぷり時間をかけてやっと完全に勃起しきったぺニスを口から離し、臨也は俯いたまま上目遣いで四木の様子を見る。そして微かに口角をあげて柔和な笑みを浮かべた。その笑みは、疲れか興奮か、紅潮した頬と相まってどこか気だるげである。
「……出、します、か……?」
計算し尽くされた笑みと、計算しきれない生理的な興奮の間をさ迷いながら、臨也は四木の表情の変化を注意深く窺う。だがしかし四木は、くわえていた煙草を離し、灰を落としながら表情を変えずに返した。
「あなたはどうしたいですか?」
「……っ」
臨也は一瞬息を詰めて考えるような素振りを見せてから、口を開く。
「……じゃ、……い、れてくださ、い……」
そして緩く笑み、自らのポケットをまさぐってコンドームを一つ取り出した。
「ちゃ、んと、……ね、ゴム、持ってきました……か、ら」
口端についたカウパー液を舐めとり、雰囲気に似合わぬ幼さを含んだ顔でにっこりと臨也は微笑む。
「ね、しきさ……手、つかってもい……?破けちゃう……」
否定とも肯定ともせず、無言のままの四木に向かって臨也はこくりと頷くと、あざとい程に拙い手つきでぎこちなく四木のぺニスにコンドームを被せていく。
そして小刻みに震えている手でカチャカチャとやり辛そうにベルトを抜き取ると、自分のズボンを太ももまでずり下げる。露になった赤のボクサーはすでに形を変えており、湿って微かに色を変えていた。
は、は、と浅く息づきながら自らの指を口にくわえ、興奮で粘度の増した唾液を指に絡ませながらたっぷりと濡らす。
「……ん、ぁ、……っ」
つぷり、と濡らした人差し指の第一関節までを後孔に挿入した。
「随分と必死じゃないですか」
意外だとでも言いたげに四木は紫煙を吐き出すと、臨也の黒髪をぐしゃりと撫でた。熱を帯びた頭皮は汗でじんわりと湿っている。
「……だって……、……おれ、しきさ、の……こと、すき、です、か、ら」
臨也は熱で頬を紅潮させながら、いっそ白々しい程無邪気に微笑む。しかし形の良い眉を歪めながら息を詰める姿は明らかに快楽からの表情ではない。
腰を微かに浮かせ、うつ向きながらゆっくりと指を中に滑らせていく様子を窺いながら、四木は臨也の鞄の中からハンドクリームを取り出した。そして臨也の脇に手を差し込み自らの膝に座らせる。
「…………っ」
触れた瞬間、びくりと臨也の肩が跳ね、差し込んでいた指が抜ける。しかし四木は気にも止めず、臨也の両腕を肩に掛けるようにして臨也の足に引っ掛かっていたパンツとズボンを引きずり落とした。
「手を使えとは言っていませんよ」
抑揚を変えずに首もとそう言うと、臨也が小さく震えた。
ーー自分の置かれているシチュエーションに興奮しているのだろう。四木は目を細めて思う。
確かに臨也は歳とは合わぬ狡猾さや度量を持っている。だがしかし、その危うい薄皮を一枚剥がせば、実は一定の年齢から大人になっていないのかもしれない。それが近頃の四木の折原臨也に関する見解だった。
四木はハンドクリームを適量チューブから絞り出し、両手で馴染ませると臨也のむき出しになった臀部に手を這わせた。
「……っ!」
その瞬間びくり、と臨也の肩が震え、膝に乗せた腰が逃げるように浮く。それを構わず空いた腕で固定し、クリームの油分でぬるぬると滑りやすい指を穴の入り口を解すようにに擦り付けた。
「……は、っ……ぁ、や、」
ふるふると頭を振りながら臨也は四木の頭にすがりつく。だがしかしがっちりと固定された腰は思うようには動かない。
「ぁ、ひ……し、きさ、ぁ、ぁ、」
穴の付近ギリギリにチューブを絞り出され冷たい感触にぞくぞくと臨也の肌が粟立った。ぐちぐちとクリームを塗り込められ、ゆっくりと穴に四木の指が挿入されていく。今度身体に感じるのはは先ほどのような痛みではなく、全身が総毛立つような異物感だけだった。「ぁ、ぁ、……ぅ……〜っ、や、ぁぁ」
ふ、ふ、と、切羽詰まった息を吐きながら、臨也は四木の首にすがり付く。そして何かに頼るように四木のシャツを握り締める。
「シャツ」
「……ぁっ」
不意に耳元で別段普段と変わらないような口振り囁かれ、まるで自分だけ興奮しているかのようで気恥ずかしさに臨也はびくりと肩を震わせる。
そして震える指で握り締めたシャツをおずおずと離し、代わりに自分の指に噛みついた。
「ね、……しきさん……っ、手、……腕、縛って……お願い」
「?……手、ですか?」
こくこくと頷き、臨也の唇と四木の頬が触れあうか触れあわないかのところで臨也はふにゃりと笑うと開けたままの口端から垂れる自身の唾液をぺろと舐めとった。その行動に四木は一旦臨也の胎内を探る手を止める。
「……いいですよ。あなたがそうしたいのなら」
「…………っ」
四木は差し出された臨也の細い腕を取り、手首を後ろ手にまとめて抜き取った臨也のベルトを器用に巻き付ける。それを締め上げるように強く引くと、ぎちぎちと臨也の手首に硬い革が食い込んで、臨也の腕に赤い蛇が巻き付いたように見えた。
黒の学生服を飾っていたときは、随分と派手に見えた赤いベルトも人間の白い肌の上ではそのちゃちな造りが際立っているようだった。
「……っ、つ、ぅ……ぁ」
少々無理な体制だった為か、自由に身体を動かすことのできない臨也は骨の軋む音に柳眉を歪ませる。そして頬を紅潮とさせ、四木の肩に顔を押し付けながら荒く息づいていた。四木の肩口には臨也の熱い息がかかってじっとりとした感触がしている。
「……〜〜っ……っ、ん、ぅ、ぅ、ゃ、ぁ、ァ、」
痛みとはまた違ったぞくぞく、と這い上がる熱に、臨也は酸素を求める魚のようにはくはくと喘いだ。恍惚に頬を染め、びくびくと身体を震わせる。
「まさかあなたに被虐趣味があったとは思いませんでしたよ」
耳元に響く冷たい四木の低音に、臨也は今にも泣き出してしまいそうな程に心をかき乱されたが気付けばそれすらも興奮にすげ替わっていた。最早正常な思考など働かず、まともな意味のある言葉を吐き出すこともできない。
わざとらしく溜め息を吐いた四木の手が再び臨也の臀部に触れる。ぬるぬるとしたクリームの油分を借りて臨也の胎内に滑り込んできた四木の指が、ぐちぐちと音をたてながら穴を解すようにその近辺を揉みしだいた。
そしてそのまま右中指の第一関節までをずぶりと埋め込み、左手で埋め込んだ穴付近にハンドクリームを絞り出した。その滑りを利用してじゅぷじゅぷと更に深く指を埋め込んでいく。しかしまだ臨也の力が入ったそこは、きゅうきゅうと四木の指を締め付けて思うように動かすことができない。その為半ば強引にぐいぐいと内側を抉る。
「……ぁ、あ、あ、……っ」
びくん、と水から揚げられた魚のように臨也の背中が弓なりに跳ね、膝を立てて無意識ながらも逃げようと腰を引く。這い上がる熱がどうしようもなく気分の悪いもののように感じ、臨也は思わず「厭だ」と口走りそうになる本能を理性で追い払おうと頭を振った。
「……っ、……ぁ、っぅ、あ、〜〜」
しかし四木はぐり、ぐり、と入り口付近を重点的に揉み解していく。揉まれ、引き伸ばされる度に下半身に厭な熱が集まる。
ーーーー厭だ、厭だ、厭だ
足元が堕ちていくような感覚がどうしようもなく恐ろしい。
だが逃げても逃げても、四木の手はどこまででも追いかけて来るのだ。
(逃げられない……!)
ーーーー怖い、恐ろしい、厭だ
子供の潔癖が快感を拒んでいるのだ、と臨也は熱に侵されていない至極冷静な頭で考えた。