(やり辛ぇな)
四木は嫌々と頭を振る臨也の尻を掴み、逃げる腰を引き寄せる。思った程の抵抗は無かった。
尻を掴んだ瞬間、臨也が喉元で「ひ」と小さく呻いたような気がしたが、それを指摘するのは面倒だと感じてやめた。
肉付きの臨也の悪い足がガクガクと震え、後ろ手に縛った上肢が暴れ始める。絶頂が近いのか、上を向いた若いペニスがたらたらとカウパー液を垂らしていた。
四木は一瞬それを見やり、ち、と舌打ちをする。そして脱ぎ捨てられた臨也のズボンのポケットを探り、コンドームを一連取り出した。手慣れた手つきで封を切り、ふるふると震えている臨也のペニスにくるくると装着していく。
「……ぁ……ッ!ぁ、っ、」
四木の手がペニスに触れた瞬間、臨也は厭だ、と言わんばかりにびくんと腰を引いた。
「駄目だ」
高圧的かつはっきりとした否定に、臨也の相貌が揺れる。四木はそれを視界の端に捉え、再び臨也の穴を撫でた。
幾分か解れ、呼吸に合わせてひくひくと息づく穴に中指を差し入れ、くちゅくちゅと音をたてながら出し入れを繰り返す。
ようやく難なく指を受け入れられる程柔らかくなった頃、さらにもう一本人差し指を添えてぐぐぐと穴に押し入れる。思ったよりは難なく受け入れたが、臨也が息を飲む度にぎちぎちと絞まり指が思うように動かない。仕方なく前後に動かし、穴の入り口を擦るように出し入れを何度も繰り返すと括約筋の収縮が収まり、ぴくぴくと痙攣するようにして緩まった。間髪いれず、そこに3本目を捩じ込む。力を込めて抜き差しを繰り返すと、臨也の身体がびくびくと跳ねた。
「……ぁ、ぅ、」
だいぶ緩まったところで穴から指を抜き、ふと、終始喘いでいた臨也を見る。涙でぐちゃぐちゃになった顔は確かに思ったほど醜悪ではなかった。
「ぁ……?」
四木は、萎えかかっていた自身から弛んだコンドームを外し、軽く扱きながら再び新しいものを着け直す。
「おい、ちっと降りろ」
デスクに倒すにも机や書類が汚れるのは面倒である。だがしかしと、そこまで思案したところで急に考えを巡らせることが面倒になり、四木は粗暴に言い放った。
驚いたのか臨也はびく、と背中を震わせおずおずと四木の膝から降りる。体重を支える細い脚がかたかたと震え、今にも崩れ落ちそうになるのを叱咤しながら臨也は立っていた。
同じく椅子から降りた四木は、臨也の背に回り込み臨也の脇を抱え、背もたれと向かい合わせになるように膝だちで立たせる。
「……ぅ、……ぃっ、あ!」
そして臨也の穴にペニスを当て、ぐぐぐ、と押し込んだ。
「……!……!!……っん」
唇を噛みしめ、息を詰めながら臨也は背もたれに重心を預けた。挿入自体にたいした抵抗は無かったが、息をとめているため無駄な力が全身に入りやり辛い。
「おい、息を吐け」
「……〜〜!……ッん、ふ、ぅ」
耳元で囁くと、臨也は顔を真っ赤にしながらふうふうと息を吐く。だがしかし唇は噛みしめたままのため、思ったほど力が弱まらない。仕方なく四木は腰を支えていた右手を臨也のTシャツで拭い、噛みしめている口元に滑らせる。
そして割れ目から指を差し入れ、そのまま二本の指を臨也の口内でぐるりとかき混ぜた。
「……!……ん!ふ、……ぁ、!」
どことなくしょっぱいような味が口内に広がり、やめてくれと言わんばかりに臨也は頭を振った。だがそれは悪戯に蹂躙する指の動きを助長するだけで、抵抗としてはなんの意味も持たない。いやいやと頭を振っては四木の手で引き寄せられる。息が苦しくて酸素を求め、口を開けるとその隙をついて四木のペニスが奥を突いた。
「……!ぁ、!……!も、ゃ、」ずん、ずん、と内臓に熱い性器を擦り付けられ、臨也はぼろぼろと涙を流しながらひんひんと喘ぐ。荒い律動に息つく暇もなく、本能に流されひたすら溢れそうになる弱音を飲み込んだ。
「……ぅぁ、ぁ、ぁ、〜」
前立腺を擦りあげられる度にチカチカと閃光が走る。最早意味のある言葉すら吐けない。ぎちぎちと後ろ手のベルトが肌に食い込んで骨を軋ませている。それが酷く痛い。
「……!、はっ……ぁ、し、さ」
しかし食い込んだ皮膚からぞくぞくと這い上がる悪寒に似た感覚は、痛みでは無い。首筋にかかる四木の熱い息が燻って胸が熱い。
すがり付いてしまいたいのにすがり付けないもどかしさが、殊更臨也を駆り立てた。
「〜〜!!!……ぅあっ……」
ごり、と敏感になり始めた穴を抉られ、臨也から明確な悲鳴が上がる。四木が達する為だけの容赦無い動きについていくことができず、臨也は嫌々と一層強く頭を振った。
ぶるり、と四木のぺニスが震える感覚が尻に伝わる。
「…………んっ!!」
熱い。
まるで熱が下半身からじわじわと広がって爆ぜたかのように臨也も熱を吐き出した。


*********



熱が去った後に残る痛みと違和感に、臨也は軋む身体で身動いだ。泣きすぎて瞼が痛い。擦られた尻が痛い。疲れた。身体中がどこもかしこも痛い気がした。
臨也は疲労で弛緩した身体を叱咤して、のろのろと椅子から立ち上がり、カチャカチャと金属の摩れる音をたてて着衣を整える。ふと視線を向けると、今までセックスをしていたというような痕跡を一切残さず、四木は先程の資料を取り出して何事もなかったかのように仕事を始めていた。
「報酬はいつもの口座です」
「……っ」
四木の、まるで本当に何事もなかったかのような淡々とした物言いに、一瞬息を詰める。
だがしかし、よくよく考えてみれば本当に何もなかったのだ。ただ、セックスをしただけで、セックスなんて街の日常にはそれこそ当たり前に溢れているのだから。
そう思うと、臨也の中で四木の存在が急速に、数ある人間の中の、この徒然を癒してくれる有益な人間の一人として認識された。
(四木さんも、人間だったんだなぁ)
ーーなんだ。自分は別に、化け物とセックスしたわけでは無かったのか。
ーーこの人も違うのか。
軽い失望と、そこから沸き上がる別の愛しさに臨也は目を細めた。
「やっぱり俺、四木さんのことが好きですよ」
臨也のあまりにもあっさりとした告白にも動じず、四木は横目で臨也を見る。
「そうですか」
「だからこれからもたまにこうして遊んでください」
至極つまらなそうに書類を捲りながら、四木は視線もやらずに言う。
「残念ですが、セックスがしたいなら他を当たってください。……俺ぁ、もうそんなお盛んな子供に付き合ってられる歳じゃないんですから」
そして付け加えられた一言に、臨也はふふ、と小さく笑う。
「…………では」
バタン

外界を遮断するように大きな音をたて、扉が閉まる。

エントランスを出ると、そこにはありふれた日常の姿があった。
学生服姿の男女やサラリーマン、皆それぞれ携帯を弄ったり、会話をしたりしている。
臨也はそれをなんとなく眺めながら、ふつふつと沸いてくる感情に笑みを浮かべる。
(やっぱり俺は人間が好きだ。四木さんもあそこにいる学生も頭の悪そうな女だって、皆平等に愛してる)
街の片隅で起こった小さな事件にも全く関係無く、日常が回っている。
(愛してる)
脳の一片でそう思う度、何かが満たされ、一方で何かが消えていくような気がした。しかしそれはいくら考えてもどうしようもなく由無い事である。
臨也は痛みだらけの身体を、心底幸せに感じながら街の日常に溶けていった。














ーーーーバカな子供だなぁ。