企画『不協和音』提出作品
※来神設定 モブ(叔父)臨←新+門(静)
※時間軸がやや飛びます。若干の嘔吐描写有。冒頭小スカ要素も少しだけ有。苦手な方は注意してください。


(莫迦な子)







チクリ、と鋭い針先が肌を刺す感触がして目が覚めた。
――――喉が渇いた。
その上酷く腹が減っていて胃酸で焼けた胃がキリキリと痛む。
意識が朦朧としていて体力の限界だった。指一本動かせない。
三日だ。臨也は既に三日まともに眠っていなかった。
人間の裏側に興味を持って、学生だてらに裏社会で暗躍していたのが祟った。既に三日も高校を無断欠席していても誰も気が付かないのだ。
(マズった)
不在がちの両親はもとより宛にならない(はなから宛になどしていないが)臨也はこの状況を切り抜けるための打開策を必死に考えていた。それからもう三日。疲弊しきった身体では良い案など浮かぶはずも無かった。
「そろそろ我慢の限界じゃないか?」
頭上から降ってきた言葉に対して微かな反応は示すものの、顔をあげることは出来なかった。体力の限界だ。いくら臨也がこの男よりも若くて健康で体力があったとしても、三日精液と尿しか口にしていなければ身体は言う事を聞かなくなる。
――――何よりこの男は、俺なんかより信用も財力もあるのだ。
幼い妹たちの面倒を見ている祖父母もこの男の言葉なら容易く信じる。臨也からしてみればこの男ほど胡散臭い人間にはあったことがないというのに。
無理矢理顔を上げられ、ぼんやりとした視界に赤黒く生臭いものを近付けられる。
それが肉棒であることは明らかだったが、臨也は差し出されたそれに嫌がることもなく男のしたいようにさせていた。生理的な嫌悪感は勿論ある。しかし、それ以上に頭がぼんやりとしていてどうしようもなかった。
「喉、渇いただろう」
半開きの唇を抉じ開けて侵入してきたそれをされるがまま受け入れる。臨也は口を開き、それを受け入れた。
「我慢しないでいっぱい飲むんだよ」
にやりと男はいやらしく笑うと、ぐちゅ、じゅぷ、という汚い水音をたてながら肉棒で臨也の口内を蹂躙した。緩慢な動作だが、臨也の都合も構わずに抽挿を繰り返すそれは苦痛以外の何物でもなかった。臨也は生理的な涙と涎を垂らしながら長い手足をすっかり弛緩させている。
どぷりと吐き出されたそれを半ば強制的に嚥下し、込み上げてくる吐き気を押し留めた。臭い、臭い、苦いような、しょっぱいような、どろりずるりとした粘液が口のなかに広がった。
「んんん、ぐ、ぅむ」
獣のような妙な呻き声が鼻を抜けた。吐き出したくて仕方がなかったが、ここにはこれ以外の接種成分は存在していない。無理にでも飲み込もうとするが、元々食物ではないそれを受け入れるのは臨也の頭の片隅に残った理性が拒んだ。渇ききった喉奥に引っ掛かって悪臭を放つそれに吐き気がこみあがってくる。
「……―――ぅげ……っぐ、ぶ、ぅえ」
「臨也、」
注ぎ込まれた液体と、薄黄色の胃液が住宅にしては珍しいリノリウムの床を汚した。男は静かに臨也の名を呼ぶと、無表情で臨也の傍らにしゃがみこんだ。
嘔吐して朦朧とした意識の中、男に髪を掴まれる。自重で頭皮が痛い。ぶちぶちと何本か抜ける音がした。お前みたいに若くして禿げたりしねーんだよ、このゴミクズが、罵りの言葉が頭に浮かぶ。男は決して禿げてはいなかったが、この際そんな事はどうでもいい。ゆっくりと顔をあげられ、見慣れた顔が眼前に迫る。瞬間、臨也が喉奥でヒュッと息を飲んだ。
「床を汚しちゃ駄目じゃないか。まあ、すぐ掃除できるからいいけど……お兄ちゃん、臨也のためにこの部屋を作ったんだよ」
男はそれを楽しそうに見ると、いかにも優しげに臨也の精液まみれの頭を撫でる。
「臨也、すぐ吐いちゃうからさ、子供のころから、ミルク飲むの下手だったもんね。だから掃除しやすいようにしたんだ、この床」
男の顔は臨也の父親にそっくりだった。臨也は数日前に突然帰国してきた父親を思い出す。
「兄さんがさ、この前急に帰ってきただろ? その時臨也が余計なこと言わないか、お兄ちゃんとっても心配だったんだ。でも、臨也は兄さんに何にも言わなかったね。えらいえらい」
言わなかったのは別にアンタのためじゃない。面倒事が厭だったんだ。
臨也はぐったりとされるがままになっていた。頬に萎えた男のそれを擦り付けられ、つんと青臭い臭いが鼻腔を突く。それを引き金に苦い水がせり上がってきて、臨也は呻いた。死ね、死ね、何度も何度も心の中では悪態をつくが、それでは解決しない。臨也はついに解放を望んで、思ってもいない言葉を紡ぎながら子供のように泣き出した。
「ごめんなさい、たすけて、水、ほしい、ください、ごめんなさい」
そして何度も何度も「お兄ちゃん」と繰り返す。喉が渇いて限界だった。助けてお兄ちゃんと臨也が叫ぶと、男は目の前で赤黒いグロテスクな肉棒を擦って精液を臨也の口内に向けて発射させた。

「いざやはかわいいなあ」



◆◇◆◇



くらりと視界が回った。揺れる揺れる。
「あれ……う、おお」
そのままばたりと倒れてしまう瞬間、筋肉質のしっかりとした腕に腕を掴まれた。
「おおじゃねえ、何やってんだ、大丈夫か」
それでも力の抜けた膝は思うようにはならず、腕を取られたままがくんと地面に落ちる。頭がぼんやりとして思うように動かない。
案ずるように顔を覗き込まれ、臨也はいつものように薄く笑った。
「びっくりした」
眼前に迫った門田にけらけらと笑いながら伝えると、門田はあからさまに眉を寄せた。そして臨也の額に大きな節くれだった手を当て、呆れたように溜息を吐く。
「調子悪いんなら無理して学校来んな」
門田は臨也の身体を持ち上げ、嘆息を吐いた。面倒見の良い門田の事だ。恐らく保健室か新羅のところまで連れて行ってくれるつもりだろう。臨也はそれを見越してわざと頬を膨らませて言った。
「どたちん、立てない」
崩れ落ちたアヒル座りの状態で幼子のように両手を伸ばす。それを見た門田は一瞬だけ何か言いたげに口をパクパクと動かしたが、やがて諦めたのか臨也に背を向けてしゃがみこんだ。
「仕方ねえな」
「やったあ」
臨也は嬉々として門田の肩に手を伸ばす。首回りに抱きつき、門田の広い背中に抱きついた。
門田の広くて大きな男らしい背は安心する。満足げに笑みを漏らし、臨也はすんすんと門田の首元に顔を埋めた。
「ドタチンの匂いがするね」
「やめろ擽ったい。ていうかお前、妙に軽くないか?」
「え? そうかな? 今日は一限から真面目に勉強したから痩せちゃったのかも」
よっこらせ、と、妙に年寄りじみた掛け声とともに立ち上がった門田は、臨也の体重など微塵も感じさせない足取りで歩き出した。そしてけらけらと楽しそうに喋る臨也を窘める。
「一週間以上も学校来なかったくせに何言ってんだ。真面目に勉強しろ」
「あはは、全くその通りだよね」

一週間もあんなところにいたのか。それでも死ななかった図太い自分に感謝して形だけの笑みを湛えた。








全身精液と尿まみれにされ、冷たいリノリウムの床に横たわりながら、男の呼びかけにも答えられない程意識が混濁とした中でようやくこの果てのない行為に終わりを告げられた。
解放された時、臨也は相当衰弱しており、歩くことはおろか立ち上がる事さえできなかった。
それまでの行為がまるでなかったかのように振る舞う男に介抱されながら二日。栄養状態が悪すぎて固形物を受け入れない胃に、むりやり粥を流し込まされ、男がビタミン剤だとかなんとかいうわけのわからないものを静脈に注射された。
気管に入った食事に咽ていると、薬が回りだしたのか意識が酩酊しはじめる。ぐるぐると回る世界が気持ち悪くて臨也は泥のように意識を手放した。

目が覚めてから男がいない事を確認し、逃げるように部屋を出た。臨也が閉じ込められていた部屋は半地下になっていたので、中途半端な長さの階段が煩わしかったが、隠されていた衣服をなんとか探し出して転がり込むように自宅の扉を開く。
「あ、イザ兄」
「……帰……」
平日だというのに、臨也を出迎えたのは双子の妹たちだった。面倒を見ている祖父母は大抵日中は留守なので恐らく二人はまた学校をサボったのだろう。
中学年になったばかりの双子はお揃いで色違いの犬耳パーカーを着てリビングのソファの上に並んで座っていた。
双子と臨也はだいぶ年が離れているため、奴のターゲットにはされていない。だから勿論この事は知らない筈だ。
何も知らない幼いくりくりとした四つの目に見つめられ、疲弊しすぎた精神が苛立ちを訴える。
「……お前ら何やってんだよ」
やっと絞り出した声は思ったよりも低く、苛立ちが混ざっていた。当たるつもりはなかったのだが、双子はその声にびくりと肩を震わせる。
「……まあいいや、今からでもいいからお前らちゃんと学校行け」
「イザ兄は? どこ行ってたの?」
臨也は嘆息の溜息を吐き、自室へ向かう為に踵を返した。すると臨屋の背中に向けて舞流が尋ねる。当たり前の事だが、こいつらは本当に知らないんだよな、と妙に感慨深く思った。
身体も精神も、今はとにかく疲れ切っていた臨也は、思うように回らない頭でこれからの事をぼんやりと考えた。
「どこでもいいだろ。気分悪いから寝る。お前らは学校行け」
突き放すように答えると、九瑠璃も舞流も腑に落ちないのかもごもごと口ごもる。
「……わかった」
「…………眠」
いつもは無駄に元気な双子のしょんぼりとした声に、臨也はますます重苦しい溜息を吐き、無言のまま階段を上った。
自室のベッドに倒れ込み、数日ぶりに嗅ぐ清潔なシーツの匂いに麻痺していた感覚がようやく解れはじめる。暫くして、何やら双子たちの部屋でごそごそという音が聞こえ始めたため、二人がようやく学校へ行く準備をはじめたのかと認識した。
臨也も出席日数がかなり危ないところまで来ていた。それもあの男のせいなのだが、今は何もかもが面倒くさくて思考を放棄してしまいたくなる。
(今日は一日寝て、明日は朝から……つかクスリ、あれなんだ)
先を見通してみると不安材料は沢山ああった。が、りあえずここにあいつはいない。部屋中調べ尽くしたから盗聴も盗撮もされていない筈だ。
それだけで胸の支えが抜けていったような気がした。
一旦安心すると、人は案外安らかに眠りにつけるものらしい。ここ数日、安堵して眠りに落ちたことなど殆どなかったためか、臨也は底なし沼に心地よく沈んでいく夢を見ながら意識を閉じた。






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