♂♀ 満身創痍、俺がやっとの事でねぐらに着いた頃、お日様は既に天高く上りきった後だった。今日たっぷりと摂取した若くて新鮮な精も、既に空になる寸前だ。 「全く酷い目に遭ったよ……」 ぐったりと真綿を敷き詰めたふかふかの寝床に横たわり、ようやくひと心地吐く。 食事をしたばかりだというのにもう空腹で腹が鳴った。俺は自分の薄い腹を撫でながらひもじさの余り溜息を吐く。兎角…最近の腹の減り方は異常だ。 (人間の精が身体に合わなくなってきたって事かなぁ……) とはいえ、俺も淫魔になって早数百年だ。それまでありとあらゆる時代の人間とセックスして精を搾り取ってきたが、今までこんな事は一度だって無かった。今現在、自分自身に起こっているイレギュラーな事態には戸惑いを隠せない。 (じゃあ何食べろって言うんだよ……) 確かに俺は淫魔だが、実の所俺は、俺以外の淫魔の姿を見たことが無かった。 町はずれに住む昔馴染みの医者の家には『セルティ』という首無し妖精が長い事住んでいるが、彼女と自分以外の異形は生まれてこの方出会った事が無い。 異形と言えば首無し妖精のセルティだが、彼女は妖精なのでそもそも『生』が無い。俺にとって『生』と『精』は道義だ。『生』があるからこそ『精』が存在して、俺は生きていられる。その点セルティは心臓も動いていなければ、血だって通っていない。触れれば温かいらしいが、そもそも首無しは好みじゃない。 つまり、現時点で俺が人間以外の同種の精を吸う事は不可能なのである。 現在俺が知っている『生』がある生き物と言えば、人間以外の動物だ。動物……。 「犬とか、羊とか、馬とか……?」 馬や牛や羊ならば、村の農家に行けばたくさん居る。だが、だがしかし、だ。 「無理ッ」 俺は村の馬と自分がセックスする姿を頭に描いて撃沈した。あの毛むくじゃらの凶器みたいな巨大なペニスが俺の中を出たり入ったり……考えるだけでもおぞましい。あんなの、突っ込むのも突っ込まれるのも勘弁願いたい。 (動物とするのは人間が滅びてからにしよう) 固くそう決意して、俺は真綿に顔を埋める。すると気の抜けた腹がきゅうん……と子犬のような鳴き声をあげた。 それにしても、だ。空腹だけは我慢ならない。とにかく飢え死にだけは回避しなければ。 腹を擦りながら妙案を練る。 そこで俺は先ほど感じた甘く、甘美な香りの事を思い出した。 思い出すだけで涎が出そうになる。あんな香りを放つのだから恐らく生まれてから今まで何の穢れも知らず、かつ徳の高い魂の持ち主に違いない。そう推理すると、相手は僧侶か神父か、いずれにせよ神の眷属に近い生き物である。 「天使とかかなぁ……?会ってみたいなぁ……俺、天使を見るのは初めてかもしれないな。これだけ匂いが強いんだから、きっと近くにいる筈だよねぇ……」 しかし神の眷属と言うと『奴』も同じ神の眷属である。先ほどの嫌な出来事を思い出して俺は思わず身震いをした。 「違う!断じてあいつじゃない!あんな暴力神父な訳がないじゃないか!」 ぷるぷると頭を振って脳内からあの暴力神父を無理やり追い出す。人ラブ!な俺が唯一愛せない人間、いや、あれは化け物だ。それがシズちゃんである。 「確かにシズちゃんは童貞くさいけどさぁ……」 というか、神父なのだから童貞である事はまず間違いないが今のご時世、生臭坊主ならぬ生臭神父だって少なくない。しかし、シズちゃんは変なところ気真面目なので童貞くさい。 (シズちゃんがこの村に来たての頃、あんまりいい匂いするから襲ってやったら背負い投げくらったしさ……いいじゃん、夢でくらいエッチしたってさ……減るもんじゃなし……) しかし、シズちゃんがいい匂いなのは認める。でもあんなに、魅惑的な、少し嗅いだだけで腰が抜けて濡れちゃうような危険な香りではなかった筈。 しかしそこで俺の思考はある事を試みる事を提案していた。 (……匂い変ってるかもしれないし……いっちょ襲ってみるか……?) 本来ならば慎重派の俺だが、いつだって俺の予想の斜め上を行くシズちゃんなら相手ならば考えるより先に行動しても問題ないかもしれない。 前回の失敗も踏まえた上での行動ならばシズちゃんよりも一枚上手になれる自信はある。少なくとも俺の方がシズちゃんより遥かに頭がいい筈だ。 ふふふ、とほくそ笑んで俺は寝床に潜り込んだ。今日は良い夢が見られそうである。 ♂♀ → |