長編 | ナノ

 第067夜 懐古



『バク』


「ん?…あぁ、君か」


通路を歩いていたバクが、私の呼びかけで振り返る。昨日、私がボロクソ言った事を未だに気にしているのだろう、その表情は少し強張ったものだった。
だが今はそんな事はどうでもいいし、構っている余裕はない。
私はバクの元に歩み寄る。


『バク。やっぱり私、リナリー達と合流する』


かなり驚いたようで、バクは大きく目を見開いた。
ちなみにこれは全くのウソだ。
私はアレンを殴って気絶させ今、ここにいる。教団を抜け出し、エクソシストとしての運命を絶つために。
そのための手段がこれしかない。地下の支部から一度地上へと出、港へ送ってもらうフリをして途中で逃走するのだ。生ぬるいが、リスクを減らすためにも戦力を極力使わない方法をとるのが得策だ。


「…何故だ?」


バクは低く言った。
その言葉は私の不審がっているようにも聞こえた。
こんな態度を取られるのも当たり前と言えば当たり前だ。昨日、アレンを置いて出ていくというバクの意見に、私はあれだけ反抗したのだから。


「何故、今出ていこうとするんだ?キミはウォーカーと一緒に戻りたがってたじゃないか」
『別に。一晩考えて思考を変えてみた。アレンが発動するには時間がかかるし、ちんたら待ってる時間も正直私は惜しい。誰のためにも私は一足先に戦場に戻るべきなんだ』
「………」
『出来れば今すぐ出発したい。いきなりで悪いけど、準備してくれる?もちろんアレンには内緒で』


アレンは今、私の部屋で気を失って眠っている。後頭部を強く殴ったから叩き起こされたりしない限りは簡単には目覚めはしないだろうが、意識を取り戻す前に出発しなくてはならない。アレンは、私が自分の意思でアレンを傷つけたことを認識しており、もう後戻りは出来ないのだから。
今すぐにでもここを出なくては。
私の言葉にバクは沈黙していたが、しばらくして頷いた。


「…そうか。ウォーカーには後で話しておく。キミはフォーがいる門の所へ向かってくれ。使者の用意が整ったら、すぐに行く」
『分かった。急いで』


私は踵を返し、バクを背に歩き出す。
分かってはいたが、やはり何人かの奴らが同行してくるようだ。どうせ戦闘専門の奴らではないだろうから、支部から少し離れたあたりで全員気絶させるとしようか。
私が逃げたことは早急にここに伝わるだろうが、その頃には私は遠くへと逃げていることだろう。
鴉に追われる生活…また、戻ってきた。
私は歩きながらため息を吐く。
最初は、教団に入団したあの日は、まさかこうなることなど思いもしなかった。自分が教団の存在に焦がれてしまうことも、それを恐れてここから逃げ出す時が来るということも。復讐を固く誓った私が、こんなにも揺らいでしまうということなど思いもしなかった。
だがもう自由になれる。今の居場所は捨てなければならないが、“過去”は無くさなくて済む。
私が生きていくためにはこの過去は絶対なのだ。今よりも大きいものでなくてはならないのだ。それを失わずに済むのなら、ここを離れる事は悔やまれる事でもなければ惜しむ事でもない。
私はわずかに微笑を洩らし、足早に封印の門へと向かった。



☆★☆



ほんの数分で門の所へ辿り着いてしまった。数日前はかなり迷ったこの場所も、よく行く場所なら大体の道のりは分かってきたようだ。
そういえば教団に入った翌日も迷うこと無く外の森へと出られたか。広い場所でその構造を覚えるのはどうやら私は得意らしい。
…どうでもいいことなのだが。
だがそのどうでもいい事ですら、今は考えるのを辛く感じる。入団当初を思い出し、それが今と、到底重なるものでない事を認識すると、どうしても辛くなる。
大事なものが出来るという事は人にとっていい事でもあるし、誇るべきことなのかもしれないが、そういう存在は逆に言えば自分の弱点となり、それによって自分の何もかもがぐらついてしまう。
大事な存在など、持つべきではない。持てば甘え、弱い自分が浮き彫りになるだけだ。
もう、こんな弱い自分は捨てなくてはならない。


『………』


私は高くそこに構える封印の門を見上げる。
フォーは眠っているのだろうか、それとも何処かへ行っているのだろうか、姿を見せない。
姿を見せたところで私とフォーの相性は最悪だからたちまちケンカになるだろうが。
それに、今は状況が状況だし一人の方がいいだろう。
私は俯き、ため息を吐いた。


「おい」
『え…?』


突然背後から声をかけられる。聞き覚えがある声だったが、その声の主を認識すると、どうしても自分の聴覚を疑ってしまう。それは、ここにいるはずのない者の声だったからだ。
ありえないと思いながらも、私はゆっくりと振り向く。


『………何で?』
「何がだ」
『何がって…ここにあんたがいること以外に今、私が疑問に思う事は無いよ、神田』


私の背後に立っていたのは声から予測した通り、神田だった。
私は神田の元に歩み寄り、向かい合う。


『何でここにいるの。確かティエドール元帥を護衛してたはずでしょ?』
「元帥に言われてここに届けモンしに来たんだ。お前こそ、何でアジア支部にいるんだ。任務はどうした」
『うーん…。クロス元帥はまだリナリー達が捜索中。アレンのイノセンスがちょっと調子悪くて壊れ気味だから、2人でしばらくここにいたの』
「イノセンスが…?」
『そ、イノセンスが。それを復活させるために今、アレン頑張ってるよ』


大分重要な部分を省いた説明になったが、単純な神田なら深くは聞いてこないだろう。
現に私達がここに来た成り行きについて、神田はそれ以上言及してはこなかった。
私は軽く目を伏せ、壁にもたれかかる。


『それにしても久々だね。長期始まってから全く会えてないもんね』
「フン…」
『あはは…相変わらず』


私はわずかに苦笑いするが、今は神田といると、何となく落ち着く。
マテールでの任務以来の数か月、何度か神田と同じ任務になり、共に任務をこなした。その度に喧嘩ばかりの私達だったが、戦場でないここはその喧嘩の要因になることが何もない。
特に多くを喋るわけでもなく、聞いてくるでもないその性格は、今の私にとってはとてもありがたく感じた。


「つーか、何辛気くせェ顔してんだ」
『あ、辛気臭くなってた?ちょっと色々考えてたの』
「らしくねェな」


神田はそう言いつつ壁にもたれて腰かけた。
私もそれに倣い、その場に腰を下ろす。


『…ねぇ神田。私がマテールの時に言ったこと覚えてる?』
「何のことだ」
『教団に思い知らせてやるってこと』


神田は少し驚いたような顔で私を見る。
私は目を閉じ、マテールの時の事を思い出す。
任務の邪魔をした事を私が謝った際、神田は私の態度が偽りだという事を見破った。そして私が神田を含む全エクソシストに敵意を向けている事も、全て感づかれてしまった。
だから私は本性を明かし、教団に思い知らせてやると宣戦布告した。鼻で笑われたのをよく覚えている。
神田は私が教団への復讐を目論んでいる事を知っている、唯一のエクソシストでもあるのだ。
だから神田の前では変な遠慮はいらない。
あれからは周囲の目を警戒してこの話題について一度も話さなかったが、今は誰も聞いていないだろうし大丈夫だろう。


『あの時神田言ったよね。「お前には無理だ」って』
「…あぁ」
『何かその意味やっと分かった気がする。私には無理だったのかもしれない』


思い知らせてやるつもりだった。復讐を遂げるつもりだった。
だが、結果的に私は教団を潰すことを拒んでいる。神田の言う通りだったということだ。


『今の私にはそれは出来なくなった……だから、一度ここを離れる。仲間として戻ってくることはもう無い』
「ここを離れる…?どういうことだ」
『一度教団を抜けるってことだよ。何しらばっくれてるの?私にエクソシストを続ける気がないことを指摘したのは神田だよ』


もうここにはいられない。アレン達の存在が私の復讐心を狂わせる。
ここから抜け出して、今の淀みが消え失せるのをただ待つのだ。


「ここから逃げるってことか」
『そういうことになるね』
「それを俺が止めたらどうする」
『それはないと思ってるけど、そうだったら困るね。正直戦闘はしたくない』


神田の制止を振り切れば必ず戦闘に発展することだろう。
神田とは戦いたくない。いくら喧嘩ばかりしてもこの数か月で一緒に戦ってきた奴だから。
神田と戦う事さえ拒むようになった私は、やはり弱くなったという事だろう。


「随分勝手な言い草だな」
『何とでもいいなよ。否定はしない。だけど勝手なのはお互い様でしょ。あの時は見逃したくせに何で今回はダメなわけ?』
「………」


何故黙る。大きな理由はないということだろうか。だったらなおさら止めないでほしいものだが。


『お願いだから行かせてほしい。邪魔するようなら容赦は出来ないから。私は神田を傷つけたくない』


私はまっすぐに神田を見るが、私が今吐いた言葉は恐らく嘘だ。
今の私は戦いでの容赦はおろか、神田を傷つけることさえ出来はしないだろう。本当に戦いたくないから、脅しの意味を込めて使っているのだ。


「容赦出来ない…?」
『…そう。神田が邪魔するのなら』
「たとえそれがウォーカーでもか?」
『!!』


私は表情を強張らせる。
神田の顔に、目には見えない暗い影が浮かんだような気がした。





第67夜end…



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