長編 | ナノ

 第???夜 離脱の犠



私は棚の上に置いてある双燐を見る。
双燐は先日から、改良を施してもらうためにズゥに預けていたのだが、昨日の夜に無理を言って返してもらった。
アレンに苛ついているかもしれない、と気づいたらどうしても辛くなった。数少ない私の味方を私自身が拒絶していることに、どうしようもない罪悪感を感じた。
人でなくても、味方の存在である双燐と眠れば、落ち着けるような気がしたのだ。
結局落ち着くことなど出来ず、不安に駆られながら眠りについたわけだが。
私はベルトを手に取り、部屋を出る準備を整える。いつもならうまくつけられるはずのベルトが、手が震えているせいでうまくつけられない。


『…チッ』


まだ、孤独におびえているのか。こんな状況に置かれてもまだ甘えを切り捨てられないでいるのか。
私は自分の頭を叩き、その鈍痛を響かせる。
――…もう、ホームとして教団には帰ってこられない。
それは変えることが出来ない事実だ。受け入れなければならない。
それに教団から見ても、私は復讐を望んで入った裏切り者だ。自分が今、愛している存在ですら私は裏切っている。どちらにしても私の味方など、最初からいなかったのだ。


『ははは…ホント何だったんだろ、私…』


何のための、数か月だったんだろう。
本来なら恨みを募らせるための数か月だったはずなのに。教団をつぶす手段を企て、復讐のための力をつける数か月だったはずなのに。
募ったのは教団への思いだけ。鍛えられたのはアクマと戦う力だけ。
私の存在は、一体なんだったのだろう。
私は力の抜けた息を着くと、ベッドから踵を返してドアへ向かう。
もう、いたくない。こんなに辛い思いをするなら、こっちの世界になどいたくない。
消えよう、この思いが擦り減るまで…
私はノブをひねり、ドアを開けた。
――…え……?
ノブが軽い。勝手に回ったような錯覚になるが、そんなことがあるはずがない。反対側から誰かがまわしたのだ。


「わっ!フィーナ…!」
『………アレン』


目の前には驚いた表情のアレンが立っていた。あまりに最悪なタイミングだ。やはり運は無いらしい。


「びっくりした…。どうかしたんですか?怖い顔して…」
『…うん』


次の瞬間、電光のように一瞬でその考えが頭の中を駆け抜けた。
――…そう、だ…
ここでアレンを殺せば、一つ復讐ができる。私を止める物全ての枷を外すことが出来、この苦しみから逃れられる。
思えば教団が私に対して抱く警戒心はかなり緩まっていた。アレンも完全に私のことを信頼し、警戒など一切していない。
殺せる。今なら、殺すことが出来る。
復讐を成し遂げ、私自身に目を覚まさせるのだ。
私は黙って双燐に手を伸ばす。


「昨日、来なかったから心配だったんです。もしかして具合悪いんですか?」
『……っ』


アレンの顔を見た瞬間、私の腕の動きが止まった。
アレンは、心配そうな顔で私を見つめていた。これから殺されるということなど思いもせず、まっすぐ私のことを信頼しきっていた。
それを見た瞬間に分かった。
今の私に、アレンは殺せない。殺すことなど、絶対に出来ない。
アレンは何度も私を助けてくれた。時には命を守られた。
それなのに私がアレンの命を奪うことなど出来ない。
こんなにも私は弱くなっていたのだ。


『…アレン、ごめんね』
「え?」


アレンは怪訝そうに私のことを見てくる。
私は目をそらしたくなるのを堪え、アレンを見つめる。
そらしてはいけない。ここでは、逃げてはいけないのだ。


『アレンは救ってくれたね、たくさん。私、アレンをずっと助けてるつもりだったけど、違ってた。私がいつも助けられてた』
「フィーナ…?」
『助けられなかったら、私はとっくに死んでた』


今、この時間を生きていること。今、私の心臓が鼓動していること。全部、アレン達のおかげだ。
教団に入ったその時から、私の周りには必ず誰かがいた。私を仲間だと認め、共に過ごし、共に戦ってくれた。
知らずのうちに、私は皆に救われていた。その存在がなければ、わたしはとうに命を落としていたことだろう。感謝してもしきれない恩をもらっていたのだ。


『でも…私ね、もう駄目なの。もう終わりなの』


ずっとここにいたかった。ずっと幸せを感じていたかった。
だが自分のしていることに気づいてしまったから、もうそれは出来ない。裏切りを自覚した私に、そんな資格などない。
アレンを今は殺せなくても、いずれはその命を絶たなくてはならない。
そのためには教団を抜けなくてはならない。
やはり入団など、するべきではなかったということだ。


『まさかこんなに自分が弱くなっちゃうなんてね』
「フィーナ、何を言って…」
『シッ…』


アレンの言葉の続きを、私はアレンの口を軽く抑えることでやめさせる。
アレンは私の瞳を見つめ、私もアレンを見つめる。
初めて見たときは他と違いすぎて深く印象に残っていた白髪も、その目に刻まれたペンタグルも、今ではもう見慣れたものになっていた。全てが、私のそばに必ずあるものになっている。
――…アレン。
近くにいるのが、こんなにも当たり前になっていたのだ。
私は視線を落とし、アレンの胸に身体をもたせ掛けた。


「!!?」


アレンが体を硬直させる。まさかこんなことをされるのは予想外だったのだろう。
それでも私は黙ってアレンに身体を預け、その温もりを感じる。そして、記憶する。
最低だと思っていても、これから一人で生きていく覚悟がほしい。
私が人に戻ることが出来たことを、少しでも記憶したかった。


『………』


――温かい…
人の、温もりだ。
私はアレンの服を掴み、目を閉じる。
アニタに抱きしめられた時も感じた。人が人を包む、優しい温もりだ。
身体の力が抜け、私を縛る者全てから解き放ってくれる。
自然と泣いてしまいそうになった。
――…いけない。
涙は流してはならない。もう泣かないと決めたのだ。
アレンを失ったあの日、私は泣いた。全てを失ったあの夜から一度もなくことがなかった私が、何の抵抗もなく涙を流した。
それだけ、大切になっていたのだ。
だがもう、許されない。私が教団の者を想って泣くことなど、許されることではないのだ。これ以上、誰かを想ってはいけないのだ。
私はアレンから身体を放す。たった数秒間だったが、互いの鼓動が聞こえるまで近くに寄ったのは初めてだった。


『…一番大事だった、アレンのこと』
「え…?」
『………ごめん』


私はバッと顔を上げ、アレンの肩を掴む。
そして右手でその腹を思い切り殴った。


「ぐ…っ」


アレンは殴られた腹を押さえ、その場に倒れこむ。
何かが自分の中で痛む感覚があったが、それを表には出さない。悟られてはならない、私が望んでやってはいないことを。


「な…っどうし…たんですか、フィーナ……!」
『………』


――どうした、か…
言えるわけがない。いくら聞かれても、これだけは答えられない。アレンに…エクソシストにこのことを知られてはならない。私は復讐に生きる者なのだから。


『…左腕、必ず復活させてね』


それで…その左腕で、いつか私と戦おう。
今の思いを切り捨て、あんたを殺せるその時に…


「さっきから…何を言って、るんです…?」


アレンには私が何のことを喋っているのか全く理解出来ていない。出来るはずもない。理解されてもらっては困る。
アレンは何もわからないまま、私と別れなくてはならない。本人にとっては何より辛いことだろう。
だが、それが一番本人のためになる。そして、私のためにも。
アレンがすべてを知ることになるのは、私がアレンを殺すその時だ。


『…今まで、ありがと』


私は今までのことを思って笑顔を作る。また皮肉なことに、こうやって笑えるようになったのもアレン達のおかげだ。
アレンは私の顔を不思議そうに見つめていた。
だが次の瞬間、その顔が苦痛にゆがんだ。
私が双燐を取出し、後頭部を殴ったのだ。


「がっ」


アレンはわずかに声を上げてその場にうつぶせた。頭を殴ったから完全に気絶しただろう。
私は通路を見、誰もいないことを確認するとアレンの身体を自分の部屋へと引き入れる。
アレンはしばらくここにいてもらわなければならない。私が何をするにしても、それを邪魔する存在が結果的にアレンだからだ。
私は何とか自分のベッドにアレンを寝かせた。
そして息を吐き、その場から立ち上がる。


『…しばらくサヨナラだね。でも、絶対戻ってくるから』


私は団服を翻し、部屋から出た。
ドアを閉めるその時でさえ、私は一度も振り向きはしなかった。





第67夜end…



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