長編 | ナノ

 第026夜 街に雪が降り



『終わったー…』


私は再び呟いた。安堵するのと同時に身体が一気にだるくなる。やはり任務の終了はどっと疲れがくる。
だが安堵したといってもこの場所からどう出ればいいものか。はたまた面倒臭くなりそうな気がしたその時、突然の違和感が身体中を駆け抜ける。体が宙に浮いたような感覚になったのだ。
――床…!?
壁が、部屋が、その空間の全てが崩れていく。私達の足元が無くなる。


『うおーっ!?』
「フィーナ!リナリー!ミランダ!」


間の抜けた声を発している私と裏腹にアレンはこちらに必死に叫んでいる。
私達はそのまま崩れた床の穴へと落ちて行った……………はず。


『……あれ』


気付いたら穴に落ちていった格好で何処かの部屋の中にいた。ここはどう見てもミランダのアパート。どうやら無事に帰ってこられたらしい。
それでは、さっきまでいた場所は何だったのだろう。まるで夢を見ていたかのようだ。
これがロードの、ノアの力なのだろうか。分かったのは相当面倒な奴だということだけだ。。早いうちに調べておくに限る。
私は立ち上がって服の汚れを払う。
壁を見ると、


Fuck you!exocist
―ざまーみろ!エクソシスト―


の文字が。


『………』


私はニコッと笑い、すらりと双燐を抜く。
なめくさるのも大概にしろよ。そう呟いて双燐をドドドッと3本、壁に突き刺した。
あくまで笑顔のまま。


「アレン君!フィーナ!ミランダの様子がおかしい」


リナリーの声に振り返ると、ミランダはまだ発動を続けていた。
しかもその様子が尋常ではない。異常なほど汗をかき、呼吸も荒い。
私とアレンは急いでミランダの元へと駆け寄る。


『…これ以上は危険だよ』
「そうですよ、発動を停めて!これ以上はあなたの体力が限界だ」


私とアレンはしゃがんで言う。
イノセンスを武器化しないまま発動をする場合、適合者の身体には多くの負担がかかる。これ以上は明らかに限界だ。
だがミランダは発動をやめない。


「…ダメよ…………停めようとしたら…」


ミランダの周りに浮く時間がこちらへと寄ってくる。まるで元ある場所へと戻ろうとしているかのように。


「吸い出した時間も元に戻るみたいなの。また…あのキズを負ってしまうわ………」


――うーん…
元々そんな都合のいいものは期待していなかったが、実際は少しショックだ。まさか最後に戻ってしまうとは。
私は脇腹に深い切り傷。
アレンは左目重症、あと全身負傷。
リナリーはノイズによる全神経の麻痺。
3人共軽い怪我とはとても言えない。


「いやよぉ…初めてありがとうって言ってもらえたのに…これじゃ意味ないじゃない………」


――初めてだったんだ…。
少しずれたところで驚く。
そこでアレンがミランダの肩に手を置いた。


「発動を停めて……停めましょ、ミランダさん」


――う――ん…
必然的にそうなると分かってはいても、う…っとなってしまう。


「あなたがいたらから今、僕らはここにいられる。それだけで十分ですよ。自分の傷は自分で負います。生きていれば傷は癒えるんですし」
「そうよ、ミランダ。お願い、停めて…」


私は遠い目で優しげな2人を見つめる。
決して自分はそうなれないだろう、と未来を見つめ多少し虚しくなる。別になりたいとも思わないが。
――まぁ生きていられるだけで十分か。
2人の話を聞いて無理矢理その思考へと持っていく。どう足掻いても最後にはこうなるのだから仕方ない。


『停めていいよ、ミランダ』


私は床へと寝転んで目を閉じる。そしてすぐに来るであろう痛みを待った。


『………ぐっ…』


次の瞬間、脇へと激痛が走る。
ドサッとアレンとリナリーが力を無くしたのが分かった。
そして私は意識を失った。



☆★☆



「この子はもう心配ねェよ。じじいは向こうを見てくるといいさ」
「うむ。ではリナ嬢の方へと行くとするか。何かあったらすぐ呼べ」


――…誰?
誰かと誰かが話している。両方共聞き覚えのない声だ。


「くれぐれも変なことするんじゃないぞ」
「誰がするかいっ!!」


バタンッとドアを閉める音がした。片方の人物が出ていったらしい。
私はゆっくり目を開ける。


「お、フィーナ。気がついたさ!」


声のする方を見るとそこには男が立っていた。年はわずかに上だろう。バンドで髪をあげ、人懐っこそうな笑みで笑いかけてくる。
だがこいつは見知らぬ男。そんな奴に隙を許してしまっている状況に舌打ちしたくなる。
私はバッと双燐を取り、男に向けた。


『誰。何で私の名前知ってんの。此処は何処』


さすがにやり過ぎかとも思うが、簡単には信頼しないのが昔からのやり方だ。信頼したらしたで何度もひどい目に遭ってきたのだから。
警戒を思いきり露にしながら問う私に男は苦笑いする。


「ははっ聞いてた通りの子さ」


――…?
口振りからして私のことを誰かに聞いたよう。
男は再びニカッと笑う。


「オレはラビさ。コムイからあんたの名前は聞いた。ちなみにここは病院!」
『…病院?』


しばらく何を言っているか分からなかったが、ようやく思い出す。
――…そうだった…
怪我を治してくれていたミランダの発動が解けて体に傷が戻ったのだ。奇怪が解けて街に入れるようになった探索部隊が医療班を呼んで処置をしてくれたのだろう。


『ふーん…ところで、ラビもエクソシスト?』
「そうさ」


ラビは自分の衣服を指差す。服は団服。胸にはローズクロス。
本人の言う通り、間違いなくラビはエクソシストだ。とりあえずこの場の警戒は解いていいだろう。
そこでグゥーと何かの音がなる。


「……フィーナ?」
『……お腹減ってるの。一体何日寝てたんだか』
「丸2日ぐっすりさ。傷がそれだけ深かったせいだろーな」
『あー…2日はキツいや。ラビ、何か食べに行き……痛ッ!!』


起き上がろうとするが、脇に走る激痛に私は顔をしかめる。持ち上げた体を再びベッドに沈めませ、息を吐く。


「ああ、まだ起きちゃダメだぜ。少なくとも今日中は安静にしてねェと」


ラビはベッドの隣りにある椅子に座る。


『…そういうことは先に言ってくれる?』
「悪かったさ。でも怪我の方は深いけど命に別状はないから大丈夫!」
『あぁ、そうだ…アレンとリナリーは?』


2人は大丈夫だろうか。それなりに重症なはずなのだが。


「心配ないさ。今、じじいが見てるから」
『じじい…?』
「オレの師匠みたいなもんさ。フィーナの怪我もさっき診てくれてたんだよ。後で紹介する」


ラビはニコッと笑う。その無邪気な笑みに思わず引き込まれそうになった。複雑に染まった自分の顔とは真逆に純粋に表情ができるラビを少し羨ましく思ってしまう。
直視することができず、フイッとラビから目をそらして尋ねる。


『それと一番聞きたかったんだけど、何でラビは私の病室にいるの?』
「んー…コムイから聞くと思うけど、これからオレら一緒に長期任務につくんさ。リナリーが目覚めてフィーナとアレンの具合がよくなり次第出発」
『…長期任務?』


私は思わず聞き返す。一気に自分の顔がひきつるのが分かった。
――嫌だ…
本当に嫌。これ以上は本当に無理だ。せめて任務後には休暇をくれないものなのか。こっちの都合などお構いなしなのだから。


「なんか憂鬱そうな顔してんな」
『長期任務って聞いて憂鬱にならない方がどうかしてると思うけど。それでどんな任務?』
「詳しいことは後でまとめてコムイから聞けるってさ。今はとりあえず体休めとくとけ」


聞きたくもない。自分から聞いておきながらあまりの憂鬱さにそう思ってしまう。
身体もガタガタでしかも武器も不具合。こんな状態で長期など果たしてもつのだろうか。
しかも初めて組むことになる目の前のラビと一緒なら尚更心配になる。
私はラビをじっと見つめ、そこでふと口から疑問がこぼれる。


『ラビ、その眼帯…何?』
「あ…これは…」


素朴な疑問を投げ掛けただけのつもりだったが、何やらラビが答えずらそうな顔をしているのを見た瞬間、訳ありと言うことを感じ取った。


『あ…ごめん、何でもない』


深く聞かない方がいいだろう。
ラビも安心したかのようにほっとため息をついている。元々目に眼帯をつけているような人間は訳ありに決まっている。迂闊にものを聞くのは悪い癖だ。


「まぁ、ブックマンになるには必要なもの…とだけ言っておくさ」
『ぶっくまん?』


――……本男?
私は首をかしげる。


「裏歴史を記録するのが仕事なんさ。まだ継いではねーけど」


ラビはニコッと笑って言う。
――…なんか……
さっきまで純粋に思えた笑みが一瞬揺らいだ気がした。
この教団の者は独特な人間像を持った奴らが多い。ラビはその中でも少し違うように思える。わずかに壁のような物を感じるのだ。会ってすぐに言うのもなんが、私の何かをはじかれている気がする。


明るくて人懐っこいこの少年。
そして……――
大人びて、だがどこか錆び付いた雰囲気を持っている気がしてはならない、その笑顔に一点だけ黒く深い闇があるのではないか、と思わされるこの少年。
――だって、目が私と似てるから…
ついそう思ってしまったから。私と似た生い立ちを持っている者などいるはずがないのに。


「腹減ってるようなら誰かに頼んでつくってもらってくるさ」


ラビがそう言って席を立つ。
言われていきなり空腹感が舞い戻ってくる。複雑なことを考えるには明らかにエネルギーが足りていない。
私は思考を一時停止し、


『じゃ、ポテトサラダとシュークリームとスコーンとチーズケーキとイチゴムースとヨーグルトとチョコクッキーとオレンジジュースで』
「ほとんど菓子やデザートじゃんっ!!」
『お子さまなもので。悪いけどよろしくー』
「はいはい…」


ラビは苦笑いのまま出ていった。
2日間何も食べていないのだ、食べてもそんなに太りはしないだろう。太ったところで長期任務なら食事もまともに取る時間など無くなるだろうからすぐに痩せる。
――ところで、全部覚えられたのかな?
結構な品数を早口に言ったはずなのだが。聞き返すこと無くラビは行ってしまった。
だが十数分後、ラビが一品違わず料理を運んできたのには驚いた。記憶力がかなりいいらしい。それに感心しつつ、私は全ての料理をたいらげた。
ちなみに味は微妙だった。
嗚呼、ジェリーの料理が食べたいなぁ…





第26夜end…



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