◎ 第017夜 黒の教団壊滅事件
「だいぶおそくなっちゃいましたね〜」
「この嵐で汽車がだいぶ遅れましたから…」
『……眠い』
私はアレンと揃って欠伸をする。
雨降りの外に雷鳴が轟いていて不吉の象徴のような気もするが、そんなものは耳に入らないくらいの睡魔が襲ってくる。部屋に戻って早く寝たい。
「もう真夜中だなあ…回収したイノセンスはどうしたらいいのかな」
アレンは欠伸で潤んだ目を擦りながら言う。
私達は帰還してイノセンスを教団に届けろと指示を受けていた。
「科学班の方なら誰か起きてらっしゃると思いますよ」
『だったら早く渡そうよ。本気で眠い…』
私は再び欠伸をする。夜更かしはしない方だから夜はめっきり弱い。
立ったまま頭をコクッと落としそうになる。目を開けていられない。
私のあまりの眠さをアレンも感じ取ったらしい。
「ほらフィーナ、こっちこっち」
見かねたのかアレンが腕を引っ張って階段へと誘導してくれる。すごく楽だ。
私は促されるままに目を閉じて歩くが、そこでドサッと何かが落ちてくる音がした。
「え?」
同時に困惑したアレンの声も。
目が開いてないから何があるか分からない。開けばいい話なのだが、何か嫌な予感がするのだ。厄介事に巻き込まれそうな予感が。理屈なしに。
「リ、リナリー!?どうしたんですか!!」
……はい、厄介事決定。帰ってきて早々に…どこまで休みを与えないつもりか。
だがアレンはリナリーと言った。ここでスルーする訳にはいかないだろう。
私は恐る恐る目を開ける。
―――……え。
『……どうなってんの』
「それは僕も聞きたいです」
視界に入ってきたのは気を失ったリナリー。転んで頭を打つほどリナリーはドジじゃない。まさか敵襲か。
――頼むから勘弁してよ…。
「も、戻ったか。アレン、フィーナ」
「リーバーさん!?」
リーバーが傷だらけで出てきた。ということはやはり…
「に、逃げろ…コムリンが来る」
『「は?」』
私とアレンは同時に首をかしげる。
そこで気づいた。
――…何か、来る…
音から察するにかなり…でかい。
次の瞬間、そいつはドカン!!!と壁を突き破ってきた。
「来たぁ」
何やら悪趣味なロボットが壁を突き破ってきた。一体何だ、こいつは。
そのロボットは壁を苦もなく破壊させたかと思うと、用水路に思いきり突っ込んできた。
その場にいる全員がザパーンと用水路へと放り出される。
本当に何だ、あれ。心なしかその特徴的な容姿に見覚えがあるような。
「発…見!リナリー・リー、アレン・ウォーカー、フィーナ・アルノルト。エクソシスト3名発見」
何だか妙に嫌な予感がする。
「逃げろ!アレン、フィーナ!こいつはエクソシストを狙ってる!!」
――マジか!!
「手術ダ――!!!!」
ロボットは叫ぶとこちらに追いかけてきた。何故“手術”というワードが出てくるのか。
不吉を感じ、私は素早く腰を上げて走る。
「リーバーさん!ワケが分かりません!!」
リナリーを背負って必死に走るアレンが叫ぶ。確かに。さすがに自分達自身で解釈出来る状況ではない。
「ウム。コムイ室長が造った万能ロボ「コムリン」つって…見ての通り暴走してる」
『「なんで!?」』
私達はコムリンを撒き、教団内へと逃げ込んだ。
リーバーの話を聞く限くと、製作者コムイの万能ロボットこと通称コムリンがコーヒーを口にしたため故障し、エクソシスト強化のためリナリーをマッチョにするとか。
リナリーは首に注射を打たれ気絶。
それからコムリンは大暴走。
「というわけだ。悪いな…こんな理由で」
――アホくさっ……
そんなことで任務帰りの安眠を邪魔されたのか。
コムイ、エクソシストが帰還した時ぐらい最低限の休養は確保しろ。自ら潰すな。それでも貴様は室長か。…などと思ってはみても状況は変わるはずもない。
私は大きくため息をつく。
『はぁ…もういいや。んで、リナリーは大丈夫なの?』
「コムリンの麻酔針くらってねむってるだけだ。それより…」
リーバーが不思議そうに私を見てくる。
「さっきから思ってたんだけど、何でお前喋ってんの?」
『……報告、受けてないの?』
大事なとこだと思うのだが。ちゃんと伝えてほしい。説明するのが面倒だ。
「アレンが怪我したくらいしか聞いてない。まぁよかったな。話せるようになって」
『こんな状況でそんなこと言われても嬉しくない』
「お前って結構愛想悪いのな」
『別に。ただ眠くてイライラしてるだけ』
瞼が重くなるのを感じて私は目をこする。眠るな、私。
「はあぁ〜楽になりたいなんて思ったバチかなあ」
「え?」
「お前達エクソシストや探索部隊は命がけで戦場にいるってのにさ…おかえり」
リーバーの言いように私は思わず言葉が出なくなる。
――…おかえり、か…
私に向けてこの言葉が発せられたのはいつぶりか。
今やもう帰る故郷はない。迎えてくれる家もない。
始めからなかったわけではない。それは確かにあった。
だが…全て壊された。すべて、全部、教団が…
それなのに教団の奴におかえりと言われる日常が来ることになったことを、少し皮肉に思う。久々にその言葉をかけられて、嬉しいと思ってしまう自分がいるということも。
だがここは違う。喜んではならない。受け入れてはならない。団員にとってのホームであっても私にとっては憎しみの場所。偽りの家なのだから。
「アレン?フィーナ?」
――あ。
ボーッとしてしまっていた。
「2人そろって、どうかしたか?」
リーバーの言葉にアレンを見ると、アレンはハッと気づいたような顔をしていた。
同じように何かを考えていたのだろうか。
「いえっ、平気です。た、ただいま」
『………ただい…ま』
慣れるまでにはまだかかりそうだ。
「おおーい、無事かー!!」
――あ…
声のする方を見てみるとエレベーターに乗ったコムイ達がいた。
何故かギャーギャーとエレベーターの中は騒動になっている。どうやら元気のようだ、ボロボロだけど。
「来たぁ!」
リーバーの声に振り返ると、再びコムリンが襲ってきていた。
――あーもう、マジでやめて…。
ふとエレベーターの方を見ると、科学班の奴らが何やら大砲を出している。なるほど。これでコムリンをドカァン!というわけか。
「コムリンを撃つなあ!!!!」
コムイの決死の叫び声のようなものが聞こえた。
そして次の瞬間…
font size="7">ドルルルルル!!<
『何でこっち!?』
コムリンに向けられていたはずの大砲が暴発し始める。
流れ弾を食らいそうになり、私は慌てて飛び退いてかわす。
どうやら反逆者がいるらしい。まぁどう考えてもそれはコムイだろうが。シスコン兼親バカというところか。
「コムリン…アレン君の対アクマ武器が損傷してるんだって。治してあげなさい」
「優先順位設定!アレン・ウォーカー重傷ニヨリ最優先ニ処置スベシ!!」
――…え。
ということは…
「わっ!」
コムリンは主の命令通りアレンを襲い始める。
「アレンを手術室へ連行――!!」
「ぎゃあああ、何!あの入口!?」
捕らえられたアレンは身動きが取れず、コムリンの中の手術室に向かって引きずられていく。
――…あーかわいそ。
どうやらアレンはただの囮ではないらしい。
エサだ。まさかアレンをコムリンに食わせる気だろうか。
『それは、ちょっと大変かな…』
――イノセンス発動!
私は双燐を取り出し、発動する。
コムイには悪いが、これ以上の安眠妨害はやめてほしい。壊すのが一番手っ取り早いだろう。
アレンも新しい対アクマ武器を発動する。
『第二形た……ん?』
私は反射的に飛び退く。
すると半秒後、私がいた位置に何かが突き刺さった。
――矢……?
かなりコンパクトではあるが、それは間違いなく矢。
見ると打たれたらしいアレンはふにゃふにゃになっている。
コムイだ。コムリンの襲撃を恐れてのことらしい。もう誰であろうが見境いないようだ。このムダにゴツいロボットやリナリー関係の問題はコムイの理性を最大限に吹っ飛ばすらしい。
「リ…リーバーしゃん、フィーナ…リナリーをちゅれて逃げてくらしゃい…」
アレンはもはや呂律が回っていない。
私はしばらく迷った末に半歩下がる。
『うん、分かった』
「何ぃ!?」
リーバーが叫ぶが、私は踵を返してリナリーの元へと走る。
後ろから「アレン・ウォーカーの収容、完了しました」と声が聞こえてきた。
アレンはもうダメだから、今はリナリーの方が優先だろう。リナリーは意識を失っているから狙われるとしたら良い的だ。
「エクソシスト、リナリー・リー…手術シマス」
案の定次の狙いはリナリー。
コムリンが辿り着く前に私は素早くリナリーの前に立つ。
リナリーがマッチョ…ダメだ。
頭の中で一瞬ちらついた変な想像を私は首を降って取り払う。
――…壊す。
私は双燐を1本にし、力を一点に集中させて上に翳す。
これも懐かしい感覚。
――……久々だけど、出来るかな?
この技は閉じ込められてからは一切使っていない。感覚が鈍ってなければいいのだが。
私は大きく深呼吸する。
『……己の業を戒めよ。裁け轟け……懺悔の嵐!!』
声を張り上げて叫ぶと、ヒュオォォォ!!と私の翳す双燐を中心に十字架を取り巻いた竜巻が起こり始める。
竜巻はみるみると巨大化し、教団のあらゆる壁や部屋を破壊していく。
改めて見るとコムリンの被害の方が小さい気もするが、そんなことには構っていられない。これは集中しないとコントロールできないのだ。
『くらえ』
私は腕を降り下ろし、巨大化した竜巻を、突進してくるコムリンへと投げつける。
竜巻は様々なものを巻き込み破壊し、コムリンの頭部へと直撃した。
「ガ…ガガ、ガガガガガ…」
どうやらきいているらしい。コムリンの部品が次々にはがされていく。
うぎゃあああ!!という悲痛なコムイの叫び声が聞こえるが全く気にしない。集中集中。
「いいぞ!フィーナ!!」
リーバーか。
収容されたアレンの服を掴んだままコムリンに張り付いているのだ。
幸い私の技が直撃したのはコムリンの頭部のため、巻き添えにはならなかったようだ。
――………?
突然何とも言い難い違和感を感じ、私は自分の手を見た。
――手が…
手が、震えている。
最初は指先から。
そして、どんどん広がって……。
『…うっ……』
「…!フィーナ!!」
私は立っていられなくなり、膝をつく。
手だけではない。足、腕、肩…体全体。
――何、これ…
私は小刻みに揺れる自身の身体を見つめる。
押さえつけても止まらない。それどころか増している。
――痙攣…何故…
『ぐっ…』
震える膝は体を支える力すらなくし、耐えられずに崩れる。
「…!?フィーナちゃん!?」
さすがにコムイも私の異常に気付いたようだった。
――まずい…
うまくシンクロが出来なくて技がぐらつく。
言うことをきかない身体。何が起きているかも分からず、ただ恐怖するしかない。
ヒュンッ…
今までコムリンを捕らえていた竜巻が消えた。
イノセンスとシンクロができなくなり、集中が切れたため技がもたなくなったのだ。
「ギギ…ギガガガガガガ!!」
自由となったコムリンは頭部を歪な形に変形させながらもこちらに向かってくる。
――…動か、ない。
私の身体はただ震えるだけ。危険信号を送っても反応してくれない。
ドンッ!!コムリンは周りの状況など関係なく突っ込んできた。
第17夜end…
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