長編 | ナノ

 第???夜 暗黙知



「何―――っ!!?」


支部長室に、バクの叫び声が響き渡る。
私は耳を塞ぎ、電話に向かって絶叫する本人の方を鬱陶し気に見る。


「どういうことだ、コムイ!?フィーナには何もしないというのか!?」
≪うん。大丈夫、大丈夫!ボクが責任持つから≫
「お前の責任でどうにかなる問題じゃないんだぞ!ふざけてないで真面目に話せ!」


バクは必死な表情で電話に向かって、否、電話の向こうにいるコムイに向かって怒鳴りつけている。
先程からずっとこの調子のため、最初はハラハラして聞いていた私も既に呆れている。
コムイ持ち前の能天気さと、バクの特性でもある、すぐに激怒ところはある意味相性がいいようで、無茶苦茶な会話でも話がしっかりと話が成り立っている……気がする。


≪真面目に話してるよ。フィーナちゃんにはこのまま任務を続けてもらう≫
「自分が何を言っているのか分かってるのか、コムイ!」
≪今の状況でエクソシストが減ったら困るのはボク達だよ。元帥狩りのせいで、かなりのエクソシストが殺されてしまったからね。日本での任務は元帥以外の全勢力を注ぎ込む必要がある≫
「しかし、彼女は教団を…」
≪フィーナちゃ――ん!聞こえるかーい?≫


丸聞こえの電話の向こうからコムイの声が飛んでくる。
私はソファーに肘掛に腕、その上に顔を乗せ、ポーンと返事を返す。


『聞こえてるー』
≪元気そうだね。取り敢えず安心したよ≫
『そういうコムイは大丈夫?あと科学班の皆も。色々大変なんじゃない?』
≪大丈夫だよ。あ、でもちょっと書類が溜まってるかなー…≫
『またサボってるの?リーバー達も報われないね』
≪まぁまぁ。戻てきたら、また消化手伝ってよ≫
『帰って早々のエクソシストに無給労働を課すのはどうかと思うよ。室長ならたまには全部消化しなよ』
≪2日で消化してくれたら、特別にジェリー特性料理付きの団員慰労パーティーを企画するつもりだよ≫
『おおー、いいね。やろう、やろう。消化上等。まかせてよ』
≪頼むよ。こっち、皆が疲労でダウンしちゃってて大へ…≫
「何和やかに会話している―――ッ!!」


私とコムイの会話をバクが怒鳴り声で遮った。
自分自身が原因を作っている張本人であることを自覚していても、ここまで必死な様子を見ていると少し同情してしまう。


「コムイ!問題にするのは、彼女の処分についてだ!彼女の目的については今、説明しただろう。このまま放置しておくというのか!?」


私は頬杖を付き、ため息をつく。
バクには既に知られてしまっている。私が教団を潰そうとしていること。私が皆を殺そうとしていることを。
だが今更言い訳したところで手遅れてあるし、私は黙って話を聞くしかない。いくらムカつく言葉を言われたところでそれは事実であり、私には言い返したり反論したりする権利はわずかもないのだ。
珍しく何を言われても黙っている私に違和感を感じたのだろうか、コムイの声が一瞬だけ途切れる。
そして、何かが切り替わったように真面目な声が電話の向こうから聞こえてくる。


≪バクちゃん、少し2人で話させてくれないかい?≫
「何?」
≪フィーナちゃんと少しだけ話したいんだ。すぐに終わるからさ≫


バクは電話を見つめながら顔をしかめる。何か反論があるらしかったが、コムイの真剣な頼みを即座に断るのは、それはそれで躊躇われているようだった。
結果的には大きなため息を1つ付き、バクは私とコムイの談話を了承した。


≪いいだろう。ただし手短にな≫
「うん。どうもありがとう」


バクは私に受話器を渡す。


「話が終わったら呼んでくれ。くれぐれも無駄話はしないように」
『はいはい。ありがと』


バクは不機嫌そうに部屋から出ていった。
私はわずかに息を吐き、受話器を耳に当てる。


『バクは本当に仲間思いだね』
≪……そうだね。神経質になるのも無理はない≫


コムイは間を開け、本題を切り出す。


≪さて、フィーナちゃん。いよいよこんなことになっちゃったけど、どうしようね?≫
『そんなこと言ってるけど、どうせ一度は通る道だとか思ってたんじゃないの?』
≪さあ、どうだかね。でも今回は流石にまずいと考えたほうがいいよ。キミのこれから、極端に言うなら人生がかかった問題だからね≫
『そうだね。実際に幽閉されてよく分かったよ』


私は、先日アジア支部に幽閉された時のことを思い出す。
――暗闇。静寂。虚無。
あまりに無味乾燥とした記憶だが、そこには明らかな恐怖と絶望があった。あんな場所、もう二度と戻りたくはない。


『閉じ込められるのはもうごめん。どうすればいいの?』


私の問いに、コムイは唸る。


≪そうだなぁ…この手段は出来れば取りたくなかったんだけど…≫
『何?』
≪キミの過去を、ちゃんとバクに話すんだ≫
『え゛』
≪頭が良いキミなら分かってるんじゃないのかい?バクちゃんは数多くいるアジアの団員を束ねる支部長なんだ。彼がその気になれば、キミは確実に戦場に戻れなくなる≫


コムイが言いたいことが分かった。
上に物を言う権利がある支部長という地位にバクが就いている以上、このことを外部に話されてしまえば私の身柄はすぐに中央庁の奴らが抑えに来るだろう。
それを防ぐためにはバク自身の意思を変えさせるしかない。過去を正直に話すことで少しでも事情を知ってもらい、バクを説得するということなのだろう。


『……嫌、だな』
≪うん、よく分かってるよ。だから最終的に決断するのはキミだ。ボクではないよ≫
『そう…。じゃあ、私がどういう選択をするか、もう分かってるんじゃないの?』


私はフッと笑い、腰をバクの机にもたせかける。


『伝えることにする。それで戻れるのなら、構わない』
今、一番大事なことはすぐに日本へ向かい、守るべき仲間のために戦うことだ。そのために必要なことならば、何だってしてやる。例え過去を話すということでも、それで早く動けるのならば構わない。
私の返答を受け、向こうでコムイが笑った気がした。


≪そうかい。アレン君も喜ぶよ≫
『うん。だけど、私の口からはどうしても無理なんだ。伝えるのはバクに任せていい?』
≪ああ、もちろん≫
『ありがとう』


今、私が口で過去を語ることはありえない。今までだってそうだった。私が自ら過去を語ったことは一度も、誰にもない。それをする時は、もう決まっているのだ。
私は上を向き、特に何を見つめるでもなく口を開く。


『コムイは…さ、何で私の味方をしてくれるの?』
≪………≫
『私が何を考えてるか、私が入団した時からずっと分かってたでしょ。何で、いつも助けてくれようとするの?』


ずっと思っていた。何で私の邪魔をしようとしないのか。仲間と教団を強く思うコムイが、その危険の元である私を何故排除しようとしないのだ。
私を放っておけば、最悪の場合、教団は潰される。仲間は、殺される。それをコムイは分かっているはずだというのに。
コムイはしばらくだんまりだったが、不意に電話から声が聞こえ出す。


≪キミはね、自分が思っている以上に優しい子だよ≫


突然の言葉に私は受話器を見つめる。


≪誰かが傷ついた時、誰かが苦しんでる時、いつも助けようとしている。同じ痛みを、キミは知っているから≫


コムイは穏やかな声で続ける。


≪そんな優しい子がね、仲間を危険にさらすなんて僕にはどうしても思えないんだ。キミにとって皆はもう大切な仲間なんじゃないかって思うから≫
『………』
≪これは決して確信や断定じゃない。だけどボクはキミを信じることにするよ。キミが戦ってくれる限り、ボクはキミをちゃんと守るよ≫


ここにいないはずのコムイが目の前にいるような錯覚を覚える。
コムイの今の表情がわかる。気持ちがわかる。
仲間を本気で信頼している。私を、信じてくれている。


『………そう』


それだけしか、言えなかった。
お礼を言えば、裏切ることになる。
謝罪をすれば、壊すことになる。
こちらに進むと決まらない限り、私は下手にその信頼に応える返答をしてはならない。


暗黙知。


これは私と関係のある、数名が体験していることだ。私とコムイの間にも、それは存在する。それはお互いによく分かっていることであり、同時に全く触れないことであった。今も、そしてこれからもそれは変わらないことだろう。
本当の真実を全て明るみに出すときは、まだ来ていない。
その時が来るまで、この重苦しい単語はずっと私たちの周りを取り巻くことになるのだ。抵抗はないが、罪悪感と違和感が凄まじく感じられる。
――早く、選ばなければ。
そんな焦りを覚えながらも、私は何とか押さえ込む。
焦って決められることではない。安易に決めてはならない。考え、選び、決断し、そこまでにかかる過程は全て通らなくてはならない。決して他人の意思に影響を受けたり、刻限に左右されてはならない。
間違えないためにも、これは私が、私のタイミングで、私自身と一対一で決断するべきことなのだ。
私は強く受話器を握り締め、口を開く。


『そろそろバクに変わるね。説明の方、頼んだ』
「うん、分かった。それじゃ」


私は机に受話器を置く。
扉を開け、待っていたバクを呼び寄せた。


「意外に早かったな。話は済んだのか?」
『うん。私、疲れたから寝ることにするよ。アレンの検査が終わる頃になったらまた呼んでくれる?』
「あ、あぁ……分かった」


コムイは訝しげに私を見ながら頷いた。
私はわずかに笑みを浮かべ、その場を後にする。
――あとは運任せ、か。
コムイの説得が成功し、バクがしばらく様子を見るという選択肢を選んでくれることを願うしかない。
閉じかける瞼を懸命に開き、私は大あくびをしながら通路を歩いて自室へ戻った。





第??夜end…



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