時をさかのぼること一時間前。
当喫茶店唯一の店員かつマスターである青年、小野寺京介(きょうすけ)は、首をかしげながらiPhoneの画面を眺めていた。
【私と不思議な妖精さん 第五話】
喫茶店には今、客は誰もいない。こういうときを狙って、京介は携帯をいじるのである。
「あれぇ?」
そして突然だが、京介はKleeのプレイヤーである。しかも、それなりに課金をし、装備を調えている。夏頃に店の常連客が話しているのを聞いて手を付けたのが、財布と運の尽きであった。
iPhoneの画面には、Kleeのログイン画面が映っていた。しかし、京介は首をかしげる。いつもはそこに存在する自分の操作キャラが、そこに居ないのだ。
「リョウくんがいない……なんで?」
繰り返すようだが、店内に客の姿は無い。京介の独り言は、ゆったりとしたボサノバのBGMと見事にマッチして、湯気のように消えていった。
京介はKleeを一度落とし、もう一度開く。タイトル画面を飛ばすと、やはりログイン画面にキャラクターはいない。
その画面をスクリーンショットし、Kleeを落とさないまま、Twitterを開いた。京介は、TwitterはKleeのギルドメンバーやフレンドが日常を書き散らしていく、素晴らしい場所だ、と思っている。
同時に、ちょっとした裏技や、何か不具合が起きたときにも、Twitterには世話になる。ゲームに明るくない京介にとってTwitterとは、情報の宝庫そのものであった。
《うちのリョウくんが家出。ログインできないんだけど、どうしよう?》
先程撮ったスクリーンショットと共に、つぶやきを投稿。朝のお客さんの分の洗い物を片付け、iPhoneを手に取ると、三件のリプライがついていた。
一つ目。
《たまにあるよね! 時間をおいてもう一度っていうのが無難かなぁ?><》
二つ目。
《あたしのも今その状態だよ。おこおこ! 最近増えてるらしいよねー》
三つ目は、二つ目と同じ人のリプで、続きのようだった。
《ウチのわがまま姫は戻ってきました笑 まったく、どこにいってたんだかw》
京介はリプライのどれもにうんうんとうなずいて、それから一つ一つの返信に取りかかった。二人の相手に対して、
《なるほどね〜。ちょっと待ってみるよ〜ありがとぉ!》
と打ち、満足げにもう一度うなずいて送信。
すぐにきた返信は、リプライ一人目の子だった。
《リョウくんはマイペースさんだから、けっこう時間かかるかもね(。・ω・。)》
「なんだとぅ」
リアルにつぶやいて、冗談交じりにやけくそでフリック入力。
《そんなにマイペースかなぁ? たまにはちゃんとお仕事しろってことかな〜》
返信してすぐに相手からリプライ。
「暇なのかなぁ?」
それは自分もだ、というツッコミを入れる人は誰もいない。
《かもね(´ω`) お仕事がんばってー!》
《ありがとぉ〜、がんばるね!》
リプが帰ってこないことを確認すると、京介は自分用のマグに口をつけた。コーヒーは砂糖とミルクが入ってこそ引き立つんだ、という珍しい持論を頭に思い描く。
「やっぱりこれだよねぇ」
うんうん、と再度首を縦に振ると、ちょうど入り口の鈴がチリリンと鳴った。
「こんにちはマスター。また来ちゃいました」
長い黒髪をサイドで一本に結んだクールな感じの女の子が、店の入り口側にあるいつもの席に座る。
「いらっしゃいませ。今日はどうします?」
「カレーランチでお願いします。コーヒーは食後、ホットで」
「いつものね。了解」
京介はカウンターに戻りつつ、振り返る。
「今日もあの子来るかな?」
黒髪の子は、スマホを取り出しながら京介の言葉にうなずいた。
「さっき呼んだので、たぶん来ると思います」
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あとがき
相談に乗ってくれた某さん感謝。
まさかの喫茶店マスターがKlee中毒者でした、の巻。
妖精さん無し回は需要ありますでしょうか、どきどき。