他にお客さんがいたらナンノコッチャな状態で、私は二十分ほど使ってマスターにぬいぐるみだということを説得した。
マスターはリョウをちょうだいと言ったけど、あげるもなにも神出鬼没なんだよなぁ。
それはそうと、シフォンケーキを食べるぬいぐるみなんているのだろうか?
【私と不思議な妖精さん 第八話
その二】
「マイクロチップ搭載のぬいぐるみって何すか、先輩」
「いや、そうとでも言わないと説明つかないでしょ」
「……まあ、いいすけど」
ルナがもひもひとシフォンケーキをかじる様子を眺めながら、私たちは本題に戻った。
「つまり、お砂糖をあげなければ、この子たちはゲームの世界に戻るっていうこと?」
たしかに、リョウに角砂糖を食べられてしまったらしいプリンは、リョウより早く消えていった。
「試す価値はあると思うす」
「でもなー」
「でもが通じたら」
「警察はいらないんでしょ? うぐぐ」
悩む。お砂糖あげたい気持ちは山々なのだけど、プレイヤーがゲームをできないのは本末転倒だ。
特にさっちゃんは中毒といってもいいほどくれーってゲームにのめり込んでいる節がある。お砂糖やケーキをかじる子達は本当に可愛い。でも、後輩だって可愛いのだ。大切なのだ。
後輩との絆をここで断ち切るなんて、私にはできない。
「……わかった。お砂糖は程々にするよ。約束する」
私の言葉に真っ先に反応したのは、クリームをなめ取っていたルナだった。
ルナは無表情のまま、ふえぇと泣き出してしまう。
「ああルナごめんね、ごめんね! 私だってもっとケーキやお砂糖をごちそうしてあげたいの!」
「先輩、ルナが可愛いからって騙されないでください。これはフェイクです」
「フェイクってなに?!」
「わかるんす」
ルナは泣くのを止め、ぴーぽーと倒れ込んだ。
「ほら、帰っておいで」
さっちゃんがスマホを開く。すると、ルナの身体がプリンのときみたいに光り始めた。これが呼び出しの合図らしい。
「きゅー……」
食べかけのシフォンケーキを残念そうにながめ、私を見るルナ。どことなく目が潤んでいるように見えるのは、きっと気のせいだ。
「出てきたときは、お砂糖あげるから」
「ほどほどじゃなきゃだめすよ、先輩」
「わかってるって」
ルナはさっちゃんのほうを向いて、こくんとうなずいた。テーブルから、何もない空間にジャンプして、現れた黒いわっかに入る。つっかえたお尻を何度か振って、ルナはゲームの世界に消えていった。
「本日のカレーはホウレンソウ。お待たせしました」
リョウを肩にのせたマスターが、私のカレーを持ってきてくれた。ほんのり緑がかったカレーは、相変わらずスパイスの利いたいい匂いをしている。
「あれ、もう一つのぬいぐるみは? しまっちゃったの?」
「え、あ、ええ。あまり出しておいても汚れてしまうので」
私の言葉に、マスターはうんうんとうなずいた。
そうだ、それよりも。
「マスター、あの、その子もそろそろしまいたいんですけど……」
「リョウくんも?」
私は名付けの才能があるらしく、リョウも、マスターの付けた名前と同じだった。
そうなんです、そろそろ返してもらわないと、消えるぬいぐるみになっちゃうんです。
「リョウくん……欲しいんだけど、だめかな?」
「ご、ごめんなさい……作ってもらうのに高かったんで」
「おいくらくらいしたの?」
「えっと、それは言えません! 友達も言い値だって言ってたので!」
「そう……残念だなぁ」
本当に、心底残念そうに、マスターは肩でコーヒーシュガーをモヒっているリョウを返してくれた。
リョウはテーブルに乗ると、しばらくしてやっと移動したことに気づいたらしい。マスターにむかって手を振るリョウに、マスターも寂しげに手を振り返してみせた。
さて、カレーを食べよう。
「いただきますっと」
カレーに手を付ける前に、ちらりとさっちゃんを見る。
さっちゃんはスマホを横にして、真剣そうに操作していた。たまに、めずらしく口元が上がることがあったりして、私はさっちゃんが本当にくれーのこと好きなんだって実感する。
くれー、できるようになってよかったね、さっちゃん。
私は私で、お砂糖節約令を守らなければ。
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あとがき
ひとまず、落着ということで。