面倒な結末と冷ややかな子供

「・・・やっぱり思った通りだ。幽霊にやられた人はみんな蚊に刺された様な傷がある」

倉庫から抜け出し、隊士達が寝込んでいる部屋へ足を運んだ新八。
彼は一人一人調べながら、自身の仮説を着実に真実へと変えていく。ついに事の真相を掴み取った。
最後の隊士の体を確認し終える。彼等の体には位置は違えど、虫刺されの赤い痕が必ずあった。
新八は確信めいた声で呟く。

「あれは、幽霊なんかじゃない」



* * *



まさか女が縦横無尽に空を飛べるとは夢にも思わず、一直線に襲い掛かる奇襲を二人は何とか躱した。
地面に身を伏せた土方は体勢を整えながら恐怖に震える声で叫んだ。

「オオオオオオオオイ、あんなのアリか!?ととととと飛んでんじゃねーか!」
「誰だって飛びたい時くらいあるだろ。受験に悩んでる奴とかよく屋上で飛ぶ練習してるじゃないか。あれと一緒さ。慌てんな、まだ慌てるような時間じゃない」
「それ受験ノイローゼェェェェ!」

晋助の真顔のボケを一刀両断する土方。こんな時にふざけてる場合か!と目で語っている。
ふっ、と何処か哀愁の漂う微笑を浮かべた晋助は踵を返し早足でその場を離れた。

「それじゃあな土方ァ。俺ちょっと刻み煙草買って来るから後は頼んだ」
「おいィィ!エスケープか!?ずらかる気だろテメェ!」

あの女と一緒に残されるのは御免だ!と土方は晋助の腕を力強く掴む。
それでも晋助は逃亡のみ考え、上半身を前のめりにしながら空っぽの言い訳を続けた。

「違うって。あとホラ・・・イッテ○の録画しなきゃ。俺あの番組好きなんだよ」
「どっちにしろ逃げるつもりだろうがァ!テメェだけ逃げようたってそうはいかねェ!」

女はもう一度空に浮き上がり、再度狙いを定めて急降下する。もう後先考えている場合じゃない。
土方は晋助に足払いを仕掛け、足場を崩して倒れかける晋助を無我夢中で前方に押しやる。

「くたばりやがれェェェ!!」

掴んだ腕を利用し、襲い掛かってくる女に向かって晋助を投げた。所謂背負い投げだ。
普通ならばありえない体勢からの背負い投げに、晋助の視界は回り何が何だか分からない。
飛んで来る女に見事に衝突した晋助。蛙を押し潰したような声が二つ響いた。
ドサリと言葉もなく倒れ伏す女と、無理矢理投げ飛ばされた晋助。土方は二人に背を向け厳かな声を落とす。

「敵前逃亡は士道不覚悟だ。もっぺん侍道をやり直すんだな」

余談だが晋助の信条は『同返し』だ。目には目を、歯には歯を。倍返しは疲れるからやらない。
問答無用で投げ飛ばされて黙ったままでいる晋助ではない。暗い翡翠色の目はギラギラと輝いている。
晋助はぶつかった女を持ち上げ降り掛かる。口を閉ざしたまま、晋助は女を土方目掛けて投げ飛ばした。
不穏な殺気に気付いて土方はギョッとした様子で此方を振り返ったが、もう遅い。

「戦略的撤退だのほざいてた奴が何言ってやがる」

ゴツッと頭同士がぶつかる鈍い音がした。土方は短く悲鳴を上げ、頭を手で強く押さえながら地面で唸っている。
女は悲鳴すら上げずに静かで、気絶していた。晋助はその場でしゃがみ込み、女の肩を迷いなく触れてみる。
押し返される肉の弾力。手の平から伝わる体温。早急に脳裏で組み立てられる事の真相。
晋助は疲労感の滲む声色でポツリと言った。

「・・・ふーん。やっぱ幽霊じゃなかったか、取り越し苦労させやがって」



* * *



「あの〜どうもすいませんでした」

翌日、ロープでぐるぐるに縛り上げられ、木に逆さ吊りにされた赤い着物の女・・・蚊の天人が謝罪した。
女の自白を聞こうと集まったのは近藤を筆頭に、まだ襲われずに無事残っていた数人の隊士達だ。

「私、地球で言ういわゆる蚊みたいな天人で、最近会社の上司との間に子供が出来ちゃって・・・その子を産む為にエネルギーが必要だったんです」

曰く。会社の上司には家庭があるから自分一人で育てようと決意し、血を求め彷徨っていた。
そんな時、男だらけでムンムンしている絶好の場所(真選組)を見付けて、つい犯行に及んだらしい。

「でも私強くなりたかったの、この子を育てる為に強くなりたかったの!」

くわっと顔を強張らせ影を濃くさせる女。本人は真剣な表情をしているつもりなのだろうが普通に怖い。
目を限界まで開き、口を真面目に一文字に結ぶ姿は早朝であれど怖かった。近藤が困ったように言う。

「スイマセン、その顔の影を強くするの止めてくれませんか」

どちらが尋問されているのか分からなくなる光景を尻目に縁側で寛ぐ晋助と土方。
二人共朝っぱらから喫煙をしているが、晋助は愛用の煙管であり、土方は愛用の銘柄の煙草だ。
仲良く肩を並べて一服しているように思えるが、実際は昨日の夜から見苦しく言い合いをしているだけである。
肺から息を吐き出し、空に紫煙を浮かばせる晋助が話を切り出した。

「結局、幽霊でも蚊の天人でも傍迷惑なのは一緒だな」
「そりゃテメェだ。役に立たなかった癖に威張ってんじゃねーよ、報酬手にしたらさっさと消えろ」
「いち早く気付いた新八くんや、途中で気付いた俺が居なけりゃ事件は迷宮入りだったぞ」
「何言ってんだ。テメェらなんざ居なくても俺だけでどうにかなってた」
「誰よりもビビってた癖によく吠えるワンちゃんだな」
「あとアレはビビってたんじゃない、ビックリしていただけだ。大きな違いだぞコレは。まあ人のこと言えた義理じゃねぇテメェは、明らかにビビってたけどな」
「ビビってねぇっつってんだろ。何なら今からお化け屋敷行って、どっちがビビりのヘタレか対決しても良いんだぜ」
「上等だ。テメェの泣きっ面をたっぷり堪能してやんよ」

メンチを切り合う二人。どちらも滅法目付きが悪いのでチンピラ同士の縄張り争いの様だ。
朝から険悪なムードが漂う中、それを断ち切るように閉ざされていた障子がスパンと開かれた。

「晋助ちゃーん、そろそろ帰・・・・・・」

途中で言葉を詰まらせる神楽。丸く大きな青色の目を、スッと冷ややかに細める。

「何やってるアルかマヨラー」

自分より一回り以上も年下の少女から白い目を向けられた土方は、晋助の背にベッタリ張り付き身を隠そうと縮まっていた。7センチの身長差があるにも関わらず、晋助を盾にする鬼の副長。
晋助の肩に手を置きながら、もぞもぞと顔を出す。その顔は不機嫌そうに顰められていた。
いくら通常の表情を取り繕うが事前の行動で全て台無しだ。事実、晋助の顔には迷惑と書いている。
少女の冷えた視線と晋助の無表情さに挟まれた土方は、顔を赤くし晋助の背をバシンと叩いて一言。

「・・・・・・こっ、コイツの背中にゴミが付いてたから取ってやったんだよ!」

悪ィか!?と開き直る土方に、晋助は「ああ悪ィよ」と即答した。
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