面倒な騒動と意外な一面男

こっち来るなァアア!という新八の叫びに、土方は鬼も真っ青になるような凶悪な顔で子供達をねめつけた。

「何で逃げんだお前らァァァ!!」
「あれ、何か後ろが重い・・・ついに俺もスタンド使いに目覚めたか。やべーっべーわ」
「んな暢気なこと言ってる場合か!テメェのスタンドなら自分で確認してみろォ!」

半ばヤケクソ気味に応答する土方に、晋助はデフォルトの無表情は変えずに、震える声で抗議する。

「嫌だよ見た目がめっちゃグロテスクならどうすんだ夢に出るわてめー責任取れんのかマヨ方よォ」
「無表情で器用に怖がってんじゃねぇよ!!じゃあアレだ、二人同時にせーので見る!」
「怖がってねぇよ、ちょっと脈拍がありえねぇくらい早ぇだけだ・・・よし、ならそれで行こう。裏切ったら俺のあらゆる人脈使って真選組のあることないこと広めるから覚悟しろ」
「生々しい脅迫は止めろ!じゃあ振り向くぞ、せーの!」

土方の掛け声を合図に、同時に振り返った二人。彼等の良さは妙に潔いところだろう。
振り向いた先には、さっき見た姿と全く違わぬ赤い着物の女。長い髪。青白い肌は生きた人とは思えない。
ただ違うのは・・・女の黒い瞳が弧を描き、口角を吊り上げて笑っていることだった。
あまりの衝撃に、廊下に足を縫い止められた二人は引き攣った笑顔でこう言った。

「こっ・・・・・・・・・こんばんは〜・・・・・・」

か細い挨拶の後、事態をまともに理解した男達の絶叫が周囲に轟いた。
それが何を意味しているのか、晋助と土方を置いて倉庫に隠れ潜んだ子供三人組にも充分に分かっただろう。
倉庫の中で荒い息だけが聞こえる。夜を迎えた倉庫内は暗く、窓から差し込む月明かりが唯一の光だった。
新八は頭を抱えて後悔に唸り、神楽は膝を抱えて悲哀に顔を歪め、沖田のみ涼しげな顔で座り込んでいる。

「・・・やられた。今度こそやられた」
「しめたぜ、これで副長の座は俺のもんだィ。ざまあみろ土方」
「言ってる場合か!」

いつだって通常運転な沖田の言葉に語調を荒げる新八。彼はマイペースそのもので、倉庫の中を乱暴に漁る。

「誰か明かり持ってねーかィ?・・・あ、蚊取り線香あった」
「もー・・・何だよアレ・・・何であんなんいんだよ〜」
「新八ぃ、晋助ちゃん死んじゃったアルか?ねえ死んじゃったアルか?」

今にも泣きそうな表情を浮かべ新八に問い掛ける神楽は、親を見失った迷子のようだった。
沖田はマッチ棒で火を灯し蚊取り線香をつけた。蛍の光よりも淡い、ほんの小さな灯火だが無いよりはマシだ。
蚊取り線香から白い線が浮き上がる。それを無感動に眺めながら、沖田は嘘か本当か分からない事実を発した。

「実は前に、土方さんを亡き者にするため、外法で妖魔を呼び出そうとした事があったんでィ・・・ありゃあ、もしかしてそん時の・・・」
「アンタどんだけ腹の中真っ黒なんですか!?」
「元凶はお前アルか!おのれ晋助ちゃんの敵!!」

悲愴から一変し、神楽は沖田に掴みかかった。沖田も負けじと対抗し神楽の頬を全力で引っ張る。
まるで子供の喧嘩だ。二人は子供よりも大きく、なまじ力がある分余計に性質が悪い。

「あーもう!狭いのに止めろっつーの!何でお前ら会うといっつも・・・、・・・・・・ん?」

此方を観察するような、穴が開いてしまいそうなほど強い視線を感じ取った新八は扉の方へ顔を向けた。
扉は数センチだけ開かれており、その隙間から覗く真っ黒な目。ギラリと光る眼光は背筋を凍らせる。
晋助と土方を襲った赤い着物の女と目が合った。その瞬間、新八は喉を貫く絶叫と共に後退した。

「ぎゃあああ!でっ・・・ででで出すぺらァどォォオオ!スンマセン!とりあえずスンマセン!マジすんまっせんんんんん!!」

ペコペコと頭を振り乱し綺麗な土下座をしている新八を、不思議そうな目で見る神楽と沖田。
突如謝り出した新八を前に、二人は完全に事態から置いてけぼりにされ取っ組み合いを中断していた。
そんな二人の様子を不誠実だと勘違いしたのか、新八は二人を涙目で睨みつける。

「てめーらも謝れバカヤロー!人間心から謝ればどんな奴にも心通じんだよバカヤロー!」

新八は神楽と沖田の頭を掴み、勢いのまま床に押し付けた。ズガン!と地面とキスする無骨な音が響く。
無理矢理土下座させられた二人は打ち所が悪かったのか、そのまま失神してしまった。
しかし新八は必死に謝り続け神楽と沖田の様子に気付かない。ガツンガツンと数回二人を土下座させた。

「あのホントォ!靴の裏も舐めますんで勘弁してよマジでぇ!僕なんて食べても美味しくな・・・あれ?」

幾度目かの土下座の末、顔を上げた新八の視界に女の姿は何処にも無かった。
ピタリと静止すれば後に残るのは夜の静寂だけ。新八は呆然と立ち上がり、周囲を窺う。

「いない・・・何で?」

この場に居るのは新八と失神した神楽と沖田のみ。キョロキョロと辺りを見回せば、視界を遮る細い煙が。
煙を辿った先は、沖田が手に持っている蚊取り線香。独特のにおいが倉庫の中を充満していた。
ふと新八は思いついた。赤い着物の女が居なくなった謎。その理由は――、おそらくコレだったのだ。
自身が立てた仮説を証明する為、新八は神楽と沖田を踏まない様に進み、倉庫から抜け出した。



* * *



一方その頃。真選組屯所内にある庭は夜も相まって異常に静まり返っている。
虫の鳴き声。風に遊ばれる葉のざわめき。蛙が池に飛び込む音と共に広がる丸い波紋。
自然が織り成す音の中で、鬱陶しい蚊のモスキート音が完成された夜の世界にヒビを入れた。
それも夏の醍醐味と言えばそれまでだが、鼓膜に纏わり付く不愉快な音に耐え切れずある者が怒号を飛ばす。

「うるせーって言ってんだよプンプンよォオ!!」

透明感のある池の中から現れる人影。そして無言のまま茂みの中から出てくるもう一つの人影。
池の人影・・・土方は茂みの音で、茂みの人影・・・晋助は池の音で互いを認識し、互いの安否を確認した。
赤い着物の女から我武者羅に逃げ延びた後は、物陰に隠れてやり過ごそうとしていたのだ。
二人が隠れる場所を庭に選んだのも、彼等の考えが似通っているからに違いない。
晋助は、池の中に隠れて全身びしょ濡れの土方を恨めしそうに見詰める。

「・・・てめー生きてたのか。俺を置いて池に潜んでいたとは、とんだ裏切り者だ」
「テメェが鈍足なだけだ。それに裏切りじゃねぇ戦略的撤退だ、なめんな」

いけしゃあしゃあと口にする言い訳に、晋助は片眉を上げて無言の糾弾を行うが土方は完全無視。
まるで「マラソンで一緒に走って、一緒にゴールしよう」という約束を裏切られた気分だった。
仕方なく晋助の方から折れ、思考を切り替えるために件の女の居場所を問い投げる。

「アレは何処に行った?近くには居ねぇのか」
「さぁな。他の連中の方に行ったんだろ」
「新八と神楽、沖田少年も無事だったら良いが」
「あいつらはあいつらで上手くやってると思うがな・・・」

晋助や土方は仲間の腕は信じている。だが相手が幽霊の場合とても対処出来るとは思えない。

「・・・仮にアレが幽霊だとして、てめーら真選組はどうするんだ?」
「これ以上被害が出る前に、本格的に専門家に頼むしかねぇよ」
「そりゃそうだが・・・、・・・・・・」

何かが引っ掛かる。晋助は幽霊は苦手ではない、不得意なだけだ。断じて怖い訳じゃない。
そりゃあホラー番組は怖いもの見たさで見て後悔するタイプだが・・・基本非科学的な事象は信じていない。
件の女と出会った時にはパニックに陥ったが、よくよく冷静になって考えてみれば何かがおかしい。
あれだけ霊感が無いと思っていた自分が、何故あんなにハッキリ見えて認識出来た?
廊下を全力疾走していた時、何故赤い着物の女の重みや体温を感じ取った?
死んでいるならば、重みはまだしも熱など感知出来ないだろう。
それに、倒れた隊士達は仮にも武装警察。屈強な身体を誇る男が、幽霊を見ただけで寝込むだろうか?
仮に――寝込むほどの何かを吸い取られたなら。他の原因があるなら。女の正体を勘違いしていたなら。
晋助達は最初から見誤っていたのかもしれない。この騒動、もしかしたら・・・

押し黙って逡巡している晋助を不審に感じたのか、土方が怪訝な表情を浮かべた。

「オイ高杉。どうしっ・・・!」

土方が言葉を詰まらせる。瞳孔の開いた目を大きく見開き、唖然と固まる。視線は一点に集中していた。
彼の様子を不可解に思った晋助は、土方の視線を辿り・・・ハッと息を詰めた。
赤い着物の女が空を飛んでいる。某大蛇丸のような長い舌を伸ばし、長髪を垂らしながら。
女は晋助と土方に狙いを定めており、獲物を狩ろうと機を窺う目をしていたのだ。
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