DRRR成り代わり短編 | ナノ
夢幻さえ逃げ出した

ここはどこだろう
空気も質量も、時間の流れさえ無いような真っ白いだけの空間
視界の隅っこがぼんやりと蜃気楼のように揺らめいている
自分の姿さえも主観では確認出来ずただ白い世界しか確認できなかった
この空間は何の為になるのだろう
どうして自分はここに居るんだろう
全ての物事に対し疑問は途絶えなかった
上空を見てみる。
いつも見ているあの青い空は何処にも無かった。
ここは空さえも無いのか。
蒼天已死(そうてんすでにしす)
自分のカラーギャングのスローガンをふと思い出した。
確かに透き通るようなあの青い空はこの世界では死んでいる。
自身を嘲笑するように○○は笑った。
―――その時だった
自分の目の前に忌まわしい過去(だったであろう)の映像が具現化し、○○に襲い掛かった。
○○の大切な少女、三ヶ島沙樹が数人の男に暴行されている光景が、○○の目に耳に五感全てに流れ込む。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
けれど、次の瞬間に○○は沙樹を助けなければと強く思った。

「沙樹ッッ!!!」

地面を浅く蹴り走り出そうとした。
しかし足は思うように動かず○○は事実上一歩もその場から動かなかった。
何でだ、どうしてと脳内でいくつもの言葉が飛び交う。
尚暴行を続ける数人の男達 沙樹の苦痛の表情。
それを零れ落ちそうなほど目を見開き網膜に焼き付かす。
どうして動けないんだ!!?
○○は視線を足元に向けた。
自分の足元が、泥沼のように沈んでいるのが分かった。
足に纏わり付く不快な感触。
一歩もその場から動けないもどかしさ。
早く沙樹を助けなければという焦燥感。
○○を中心に泥沼は広がり、波紋を作り出す。
一心不乱に泥沼を除けようにも泥は空気のように掴めず○○は何もなす術が無かった。

「なんだこれっ・・・畜生! 沙樹!沙樹っ!!」

いくら呼びかけても、目の前の人物たちはこちらに振り向きもしない。
○○の姿も呼び掛けも存在すらも無視され否定されていた。
あぁあああ・・・嫌だ!!止めてくれ!沙樹に手を出すな!
暴行を続ける数人の男達は、沙樹の足に手を掛ける。
まさか、と思った瞬間。

『うあ”あああぁああああああっ!!!』

ボキッ、と人間の骨が折れる鈍い音が響いた。
沙樹の悲鳴にビクリと肩を揺らす○○。
いつも聞いている鈴をコロコロと転がすような愛らしい声ではなく空気を切り裂くような鋭く高い声が○○の鼓膜を刺激した。
沙樹の顔が苦痛に歪み、涙をポロポロと流した。
○○は少女が嬲られ泣き叫ぶ姿をただ見ていることしか出来なかった。

沙樹・・・沙樹!
何でっ・・・どうして足が動かないんだよ?!
動けよ!沙樹の為なら命だって懸けられるんだろ?
なら沙樹を助けろ!沙樹を傷付けた奴らを許すな!

「畜生・・・くそっ!!殺してやる・・・手前等全員ぶっ殺してやる!!!」

○○が吼える。
しかしながらも誰も振り向かない。
存在すらも拒絶された○○は俯く。
ただ見ていることしかできなかった
ただ泣くことしかできなかった
挙句の果てには、沙樹の傷付いた姿は見られないと目を背けた。
食いしばった歯と口の間から漏れるは、獣のような荒い息と嗚咽を押し殺した声だけだった。
やがて○○(沙樹)の過去は目の前から消えた。
それでも泣き続け立ち尽くす○○は白いだけの世界に色を足す孤独な存在だ。

○○は、夢(過去)から覚める
しかし、今見たもの全ては記憶から消え
味わった罪悪感と悲哀だけが胸に残った


* * *


夢を、見た
とても怖くて悔しくて悲しくて苦しくて
涙が流れるほどの何かを

○○は未だに慣れない真新しいベッドの上で、ぼんやりとした虚ろな目をして寝転がっていた。
・・・少し、眠っていたのか
眠るつもりは無かったんだけどな
その証拠に、枕付近に書類が散らばっていた。
○○はまだ覚醒していない頭のまま勢いよく起き上がった。
そして慌てて書類に皺が寄ってないか汚れていないかを確認する。
・・・・・・良かった、全部無事だ。
内心ホッと安堵する○○。
完璧主義者の紀田○○は、少しでも仕事の書類が汚れたら気落ちするタイプだった。
だって雇い主の臨也さんに申し訳無いしね。
仕事内容で嫌がらせをしても仕方ないし。
・・・それにしても、何の夢を見ていたんだろう。
心がポッカリと穴が開いたような虚無感。
気が緩んだら涙が溢れそうな悲壮感。
ドクドクと全力疾走したかのような鼓動の大きさ。
・・・怖い。
どこかで誰かが自分を狙っているかのような不安な気持ち。
たまらなく不安だ。怖い。何が怖いのか分からないけど。
でも、もう眠れないだろう。
闇がいつもより深い今日のような日は、必ずと言っていいほど悪夢を見る。
部屋にある時計を視界に入れた・・・日付がすでに変わっている。
あの人は、まだ起きているのだろうか?
○○は布団代わりにしていたバスタオルを頭からすっぽりと被り、何かに怯えるように震えながら部屋から出た。

カタカタとパソコンのキーボードを叩く音が聞こえる。
人の生活音にひどく癒されながらも、まだ起きていたのかという驚きで○○はその部屋に入るのに戸惑っていた。
どうしよう、迷惑かな。
迷惑だよなぁ・・・こんな時間だし・・・
その人物に最初から気取られていたのか部屋の中から声が掛かる。

「入らないの?」
「えっ、・・・は、入ります」

ガチャリ、と○○はドアノブを捻り扉を開けた。
リビングにある高級そうなソファに座る臨也は、ニタリと意地悪そうに笑った。
皮肉にも○○が頼ったのは○○の心に傷を作り悪夢を見せる原因となった折原臨也だった。
部屋の電気とパソコンの画面から発せられる機械的な光。
その光に照らされる臨也もどこか機械的に見える。
まるで意思のある人形のようだと○○は思った。
○○の姿を確認した臨也は更に笑みを深くする。

「どうしたの?その格好。まるで身を守る小動物みたいだよ」
「え、と・・・・・あの・・・」

どのように説明すれば良いのか分からず、おどおどと視線を泳がせる○○。
そりゃそうか、臨也さんの言うとおりだ。
私は意味の分からない感情に左右されて怯えている。
バスタオルを頭に被ってるって、相当なんじゃないか?
怖い夢を見た気がするんです
正体不明の不安な感情がのた打ち回るんです
なのでここに居ても良いですか・・・なんて言えないだろう
この人に弱みを見せるのはなんだか・・・嫌だ・・・
というか、この情けない姿を見せてる時点でもう駄目か
いつまでも何も言わない○○の様子を見てどう思ったのか。
臨也はいったんキーボードを打つのを止め、椅子ごとこちらに向いた。
仕事、止めるのかな?
どうしよう、これから寝るから出て行ってって言われたら・・・
私、人から離れられれるのかな、怖い、人が居なくなるのが
臨也の姿を直視出来ず俯く○○。
その時の臨也の表情を○○は知らないだろう。
慈悲深い穏やかな笑みを張り付けて嗤っていた。
クスクス、と静かなリビングに小さな笑い声が響く。

「どうかしたの?」
「・・・ちょっとだけ、ここに居ていいですか」
「うん、いいよ」

えっ、と顔を上げる○○。
まさか了承の言葉が返ってくるとは思わなかったのだろう。
その目は安心と疑惑と驚きが交ざった目だった。

「・・・いいんですか?」
「俺は朝まで起きとく予定だからね。君が居ても差し支えが無いし大丈夫だよ」
「・・・そ、うですか」

あからさまにホッと安堵する○○を見て、臨也は更に笑みを深めた。
ああ、この子供はなんて愚かなのだろう。
最初は捨て駒のつもりで手の内に置いておいたが、この子は無知で警戒心の欠片もない愚者だった。
なので今でも使い捨てはせず自分の為に働かせている。
こんなに面白い玩具を手に入れれるなんて幸運だ。
臨也は内心、歓喜に震えていた。
やっぱり人間って愛おしい。
臨也は自分の隣に座る○○を一瞥し、パソコンに向き直る。
再度カタカタとキーボードを叩く臨也を○○はぼうっと見つめた。

ここに居てもいい、って言ってくれたけど・・・
私、暇潰しのもの持ってきて無いんだよなぁ・・・
何か飲み物でも持ってきた方が良いんだろうか。
朝まで仕事やる、って言ってた。
軽いものでも作ろうかな。
・・・というか、ここまで人が近くに居る、のに
安心どころか、胸の内にある不安な感情が無くならない
怖い 真っ暗な外の色が
ギュッと自分の腕で自分の体を抱き締める。
不安が消えない

「・・・大丈夫?」

臨也さんがこちらに目を向ける。
目を合わせると彼は心配しているように思えた。
人が凹んでいるさまを見るのが趣味な臨也が珍しい。
(なんか、言わなきゃ)
それでも体の底から干乾びるような感覚は消えない。
へらり、と力なく笑い首を横にフルフルと振った。
声を出すのも億劫だ。
その様子をどう思ったのか、臨也は顔を顰める。
はぁ、と溜め息を吐いた臨也は○○に向き直る。
そしてバッと両手を広げた。
真顔での突如の行動に、○○は首を傾げる。

「・・・何してるんですか?」
「人肌が恋しいんでしょ?他者の体温や心拍は精神的鎮静の効果がある。初回サービスで今回は無料にしておいてあげるよ」

呆気に取られる○○。
臨也の顔を覗き見る・・・真剣、なのか。
○○は嬉しく思い同時に反吐が出そうな気分になった。
このような最悪な気持ちにさせる元凶の臨也。
その臨也に慰められるとは、何たる屈辱。
でも、自分の求めているものがこんなにも近くにある。
そして臨也自身も良いと言っているのだ。
これを使わないのは愚だ。
臨也さんを待たせるのも何だし・・・

「えと、じゃあ、すみません・・・失礼します」
「うん、どーぞ」

同性との初めての抱擁。
帝人相手なら自分からふざけてやった事はあったが、それでもこんな変な状況では無かった。
戸惑う。非常に戸惑う。
にしても、この人本当細っこいなぁ・・・
成人した大人にしては線が細い。
するりと余裕で腕を回せれる。
あまりにも頼りない胸板に、○○は戸惑った。
力をいれず腕をただ臨也の背に回している○○に、臨也は○○の頭をポンポンと撫でる。
変に体に力を入れていた○○は、妙に安心して体を臨也に任せた。
人の心臓の音。正常な心拍。
一定の間をとり、繰り返される音に○○は満たされるのを感じた。
そして人の体温が、自分の体に染み渡る。
目を閉じれば眠ってしまいそうだ。
遠慮をしながらも○○は臨也の胸に顔を埋める。
更に大きくなる心臓の音に、ひどく安心感をおぼえた。
ポツリと、○○は呟いた。

「俺は、一体どれだけ沙樹に罪を償えばいいんでしょうか」

それは独り言のように部屋に響く。
答えを求めているのか、聞き流して欲しいのか。
○○の声は淡々としていて、感情が無かった。
顔を見て判断しようにも顔を埋めていて出来なかった。
―――少し掻き乱してみようか。
臨也の心に悪戯心が湧き上がった。
心に余裕が無い人間ほど、煽りには弱い。
○○の反応がどのようなものか。
○○から見えないのを良いことに臨也は薄く意地悪そうに笑った。

「仮に罪滅ぼしが完了したとしよう
 君は沙樹ちゃんから罪を清算し、過去に決着がついた
 それでどうするの?沙樹ちゃんを捨てるのかい?」

容赦の無い臨也の言葉。
普段の○○なら逆上するなり動揺するなりしただろう。
しかし○○は何の反応もせず、じっと静止している。
その普段とは違う○○の様子に違和感を覚えながらも、臨也は○○からの反応を待った。

「・・・そのつもりはありません。ですが、寝ても覚めても自責の念が途絶えなくて・・・押し潰されそうになる感覚が、怖くて」
「ふぅん・・・?君は逃げてばっかりだね」
「ええ、そうですね」

○○の声には生気が感じられない。
流石に言い過ぎたかと臨也は思うが、○○はむしろもっと言って欲しいとさえ願っていた。
自分が自分を責めるだけでは足りない。
他者からも自らの罪を責めて欲しい。
身が砕けるまで責めて責めて。
その重圧で自分は正気でいられるから。
沙樹を裏切った事実は一生をかけても許されはしないだろう。
ならば自分がすることはただ一つ。
沙樹に身も心も捧げ一生をかけて罪を償い愛するしかない。
○○も臨也も、それ以上言葉は発しなかった。
沈黙に対し心地良さが胸に広がる。
夜は好きだ。何もかも静寂になって落ち着く。
目を閉じてみる。
視界が全て真っ暗になり音だけしか聞こえなくなった。
他者の、臨也の心臓の音・・・そして温もり。
限りなく皮肉で、果てしなく不毛。
こうして一時の安心感を得られたとしても何の意味も無い。
また朝が来れば、あの不安で身が引き千切られそうな感覚が戻ってくるだろう。
なら何故自分はこうしているのか分からなくなった。

自分はどうしたいのだろう。
両親の元から離れて帝人や杏里から逃げて
沙樹を傷付け、歪ませて黄巾賊から抜け出して、再度戻って
挙句の果てには憎むべき臨也の胸を借りて泣き付いている
重さが心地良いと思いながら、重さから逃げようとしている。
どうしようもない感情の揺れに○○は戸惑った。

更には、その感情にすら逃げようとする姿勢。
○○はもう苦笑するしかなかった。


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